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コック 須藤暁
―屋敷―
おや、紫苑の旦那。
…伽耶さん、死んでしまったんですかぃ。
それとも…いや。何でもありぁせん。
[なりたくても屍鬼になれなかった娘の骸に、手を胸に当てて礼をした]
はい、村に、火を。
逃げるなら今の内でございやしょう。
[初めて目にしたときは、何処か濁った眼をした娘のように見えた。
自分達、いや、紫苑の旦那と行動を共にしてからは、生き生きとして。
こりゃあ、どっちの世界の方が活きているんだか、分かりゃしないと、笑って見ていた。
ただ寄り添い、ただ与え、ただ…]
いや。
今の内に、早く行きやしょう。
コック 須藤暁
さ。旦那。
早く行きやしょ。
俺が先に行きやすから。
[そう言って、また最上階へと足を向ける。
同じように樹に移り、そうして闇夜に紛れようと]
喫茶店のマスター ディビッド・ライス
―溝辺町、村はずれのコンビニ―
[彼は、道中で最初に見つけたコンビニに滑り込むようにして駐車し、公衆電話に飛びついて119番を回す。相手が出た刹那に叫んだ]
外場村で火災デス!火元は複数箇所と思われマス!
村の人間が消火活動に当たっていますが、至急応援を頼みマス!
ワァタシィですか?ディビッド・ライス、村の住人の一人デス。
現地は電話線も遮断されてオリ、ワァタシィは車で連絡に来まシタ。これから消防署行きマス、事情説明しマス!
[叩きつけるように第一報を告げると、再び車にのって消防署を目指した]
[…迷ったが、自分が見た不気味な血痕や血臭、あるいは高瀬が調べていたと思しき奇病の事は、今は口にしない事にした。まずは火事が第一だ。余計な事を言って消防を惑わせては、元も子もなくなりかねない。
まして、自分の奇妙な体調の事も伏せておく事にした。それは後で自分自身で解決すればいい問題だ。
そう思い定めて、彼は夜明け前の無人の道を、消防署へ向かって急いだ]
―溝辺町、消防署―
「ライスさん。今、現場から連絡が入りました。外場村の火災状況は確認されましたが…、しかし、すでに火は山にも燃え移っており、村内家屋への被害を防ぐ手立ては、極めて難しいと言わざるを得ません」
…………。
[消防署員の悲痛な知らせに、彼は、額に手を当てて首を振って大きく息を吐いた]
[桜子に逆にどこに行くのか尋ねられ]
兼正に…どうなったのか最後に確かめに行く。
やり残した事って…なんだ?
[貴重品を取りに戻ったのかと思い]
今は命を守る事に専念した方がいい
[人のことは言えないと心のなかで毒づいた]
……ソレデ、村のミナサーンは、どうなんでショウ。
無事なのデショウカ。
「現場の部隊にも、もう村民の避難を優先的にサポートしなければならない状態なのですが。村民のみなさんが、その、ひどく興奮しており、無理もないのですが…、避難の作業も滞っている模様です。…ライスさんは、ご家族は?」
ワァタシィは、独身デス。
デモ、村のミナサーンが、家族のようなものデシタヨ。
「…お察しします」
―黎明、溝辺町市民病院の駐車場―
[消防署を後にして、彼は早々に病院へ移動した。
もともと、町へ降りてきた目的が病院へ来るため、という事もあったが、それ以上に、村民たちがここに運ばれてくる可能性が高いのでは、と考えたのだ]
それにしても、今夜は、一体何が起きたというのデショウ…。
[山入での意味不明な覚醒から、現時点まで。
全ての事象は、自分の中で一本の時系列で繋がっている。
ひとつひとつの事象は、明らかなのだが、
その支離滅裂ぶりたるや、ひどいものだった]
[夏の朝は早い。もう東の空が白んで来ている]
アア、そろそろ、夜明けデスネ…。
…………。
[自分の頭の中で、自分でない何かが言葉を発した]
[日の光を見て、自分の中の何かが叫ぶ。ハヤク、ハヤク、と。
それと同時に、山入の覚醒以来少しも感じなかった疲労と睡魔が、急激に彼へ襲いかかった]
カクレナクチャ。
ネグラハドコダ。
ネグラハドコダ。
ネグラハドコダ。
ア…ア……ア…、アアアアア。
[とりもなおさず彼はセダンのトランクを開き、下敷きのマットを引っ張り出して、それに包まるようになりながらトランクに入り込み、中からトランクの扉を閉めた。
トランクの中でリモコンのキーを操作し、ガシャン、という機械音と共に車のキーがロックされる。
そのまま、彼の意識は闇の中に沈んだ**]
[桜子の言うことは尤もだ]
逃げていればそれでいい。
兼正は昨日のうちに逃げたのかもしれない。
囮だと言って意識を失った…あそこの奥方は人間だ。
まだここにいるなら何とかしないといけない。
医者としての最後の仕事だよ
[この村での…という言葉は言わなかった。]
医者としてですか……。
先生が最後まで医者だというなら、ある人を助けてください。
高瀬先生という人の命を。
[わたしは、先生に微笑みを向けた。
屋敷はこの人に任せよう。そう思った]
おとうさんがトラックで待ってるはずなんです。わたしはそれで降ります。
先生が仕事を終えて、もし、製材所がまだ無事なら倉庫を見てください。
お母さんの古いスクーターがあります。まだ動いたと思います。
……気をつけて。
[最後になるかもしれない別れを言って、わたしは背を向けた。
走って家に戻らなきゃ。そして村を出るんだ]
[そして、先生が失敗した時は、
わたしがトドメを刺すんだ]
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