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[静かに、駅もない石炭袋の近くで列車は停まり――
カロラ1人をおろして、扉が閉まる]
『しあわせのかたちは人それぞれで、その人にしかわからないものだから。
君たちは生きて、どうか君たちだけのしあわせを見つけて』
[いのちある者たちに、その願いを残して――**]
ずっと、一緒だねー。
[もし次に産まれてくる時には、二つの命として、揃って産まれてきたい。
そんな思いを胸に猫を抱きしめる。
『ママ』と『お母さん』二人に伝えることができなかった気持ちを、一番知っているのは、このぬいぐるみだから。]
さっ!いこーね。
[星屑の道はあまりにも眩しくて。
キラキラと白く輝くその姿は、落ちてはいけないと注意されていたあの白線のよう。
だけれども、否。だからこそ。
一歩一歩、安心して足を踏み出す。
白線の上を歩く限り、道に迷うことはないとわかっているから。]
[――夢を、見ていたような気がする]
……。
[目を開けると、白い天井と、“あいつ”の顔があった]
「……ウル。」
[顔を真っ赤にして、ぽろぽろと涙を零しながらこちらの名前を呼ぶ。
―――ああ、またそんな顔をして]
……泣くなよ、って痛てっ!?
「ばか! ばかばかばかっ!!ばかぁ!!」
[手を差し出そうとすると、
ぽかぽかと顔を真っ赤にしてこちらに殴りかかってくる。
いつもなら大したことはないんだが、流石に起き抜けにこれは痛い。
近くにいた看護婦が慌ててあいだに入ってくれた…看護婦?]
……。
(……ああ、そうか)
[思い出した。
どうして自分が、ここにいるのか]
……ユイ。
[両手で顔を覆って泣きじゃくる彼女の名前を呼ぶと、
再度手を差しのべる。
なんとか肩に手が届いたので、そのままこちらへと引き寄せた]
…わりぃ、ただいま。
[ぽん、と落ち着かせるように頭を撫でたあと、彼女の耳許で囁く。
嗚咽が治まるのを待ちながら背中を撫でていると、
やがてごしごしと手の甲で目元を擦ってからこちらに顔を向けた]
[赤くなった目に大粒の涙をためてはいるけれど、まっすぐに“俺”を見上げて]
「…おかえりなさい」
[少しむすっとした、それでいて嬉しそうな、
泣き顔とも笑顔ともつかない表情でそう、返事を返してきた*]
ー姉を見送ってー
・・・これで、よかった・・・
[鼓動を感じなくなった胸元。
ポケットごしにボタンを握りしめ、言い聞かせるように呟く。]
・・・さよなら、おねえちゃん。
[ウルに言ったように、“またね”とは言えなかった。
強い絆で結ばれた、双子の姉妹。
“またね”があれば、再び姉の中に戻ってしまうかもしれない。
今度こそ、姉を“殺して”しまうかもしれない。
だから、もう会えない。
今は、“さよなら”で、いい。]*
─いつかの、夏祭りの日─
[遠くから、祭囃子の音が聞こえる。
川縁には縁日の屋台が並び、色とりどりの飴玉や駄菓子、それに、お面やビーズ飾りや銀弾鉄砲といったものが電灯のあかりを受けて、まるで宝石箱のようにきらきらと輝いていた。
その喧噪から離れた川下の岸部に、一組の親子の姿があった。幼い男の子と、その手を引く若い母親。
彼女のもう一方の手には、白い山梔子(くちなし)の花があった]
「ママ、今年も川にお祈りするの?」
「ええ。ここにはね、ママが子供の頃に助けてくれた、ママの大切な人が眠っているのよ」
「ここに?」
「……そう。ずっとずっと、ここにいるの」
[もう、どのくらい昔のことになるか。
増水した川に転落した妹を助けた兄は流され、その遺体も遺留品も、未だ、その一部すら見つかっていない。
母親が山梔子の花を川面に置くと、ゆるゆると滑るようにして花が流れ、やがて水に飲まれて見えなくなる。
あの日とは違う穏やかな川面に、空を流れる白く大きな川を映して。
――山梔子。
その花言葉は『私はとても幸せです』**]
[どれくらい時間が経ったのかわからない
未だ止まらない“マイ”と私の涙
もしかして私は、マイに「忘れてほしくない」って思ってる?
そんな願いなんて、まるで悪魔みたい。“マイ”を縛りつけちゃいけない
でも、泣き止むことのないマイを見て、ふっ、と降りてきた、こと
──もしかして彼女も、私のことを忘れたくないって思ってる?
思い上がりかもしれない、都合の良いことを考えているだけかもしれない
でも、もしそうなら
マイも、私のことを大切に思ってくれていたんだ───]
…あは…っ
[「しあわせ」というものは、見えないけれど、本当はすぐ側にあって]
[ごしごし涙を拭って、私は思う
マイ、テツヤくん
私のことを背負わせてごめんね
泣いて泣いて泣いても、きっといつかは晴れる日がくるから
だからそれまで、私はこの星空の上でずっと見守っているから
二人が幸せになれることを願っているから
そのときは、ときどき私のことも思い出して、笑ってほしいな
ああ、もし転生なんてものがあるなら、マイとテツヤくんの子どもに生まれるのも良いなあ…
なーんて、ね!]
・・・大好きな人・・・
[なぜか、ウルの顔が浮かんだ。
胸ポケットからボタンを取り出す。
彼がどうして自分にこれをくれたのか。
その理由は、結局聞けなかった気がする。
でもきっと、自分を特別に思ったからくれたのだろう。
その“特別”が、どんな種類の“特別”なのかはわからないけれど、彼が自分の存在を認めてくれたことは確かで。]
・・・そうか。
もう“持ってる”んだった・・・
[ふっと、顔が綻んだ。
あの列車で出会った人たちは皆、自分を見てくれた。
「ニイナ」と名前を呼んでくれた。
頭を、背中を、撫でてくれた。
存在を、認めてくれた。
自分はすでに、ずっと望んでいたものを、あの列車で手に入れていたのだ。]
じゃあきっと、“次”も大丈夫、だよね。
[納得したように頷いて、ボタンを大事そうに、胸ポケットにしまった。
そして、ふたたび歩き出す。
目指すはあの明るい星。
そこに、“次のしあわせ”があると信じて。]**
―サウザンクロスを出て―
[車内は一気に閑散とした。
先ほどまで聞こえていた他の乗客の声も、ほどんど聞こえない。
それにクノーを見送った後、同じ席にいるのは寂しすぎた。
ルルーを見送り、クノーを見送り、アイスを囲んだ時には4人いた座席に、今は1人。]
(――そういえば、カロラはどこに行ったんだろう…?)
[停車場ではないところで席を離れたカロラ。
もう降りてしまっているのかもしれないけれど、もしかしたら…まだ乗っているのなら。
サウザンクロス遠ざかる窓から視線を外すと、ボストンバッグを肩にかけ、席を立った。]
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