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[兄としての名を呼ばれたことで、
垂れ気味だった両耳は嬉しそうに跳ね上がる。
尾をふわりふわりと揺らしながら、
共に教会の外へと]
[門に近づくほどに、
どこかから聞こえる歌声がだんだん鮮明になってゆく。
聲はどこまでも紅く、そして甘く。
それは懐かしい、あの旋律――――]
― いつか、どこかの未来で ―
おはよう、よく眠れた?
[兄の方は朝食も済ませ、椅子に座って読書中。
眠そうな眼をこすりながらやって来たきょうだいに、
にっこりと笑いかけた]
へぇ……僕も変な夢を見たんだ。
お星様が降ってきたり、夜なのに虹がかかったり、
魔女がほうきで空を飛んだり。
不思議なことがいっぱいな夢。
あとは、にぎやかなお兄さんといっしょに工作したり。
どんなの作ったっけ…。
[手元にあるのは、プレゼントにもらった銀細工の本。
何かを探すように、ページをぱらりぱらりと捲り]
…………楽しかったけど、
最後にはお別れしなきゃいけない気がして帰ったんだ。
きみのは悲しくて寂しい夢、か……。
[きょうだいの言葉に何を思ったのか、しばらく考えこむ。
首元に掛かった銀の鎖、その先に透明な卵が光っていることには
鈍感なこちらもまだ気づかないまま]
[やがて、窓の外の景色を眺める。
友達が迎えに来るのもそろそろだろうか。
窓際の花瓶には、本来この季節には
咲かないはずの花がいつの間にか挿してあった。
その花の名は、アカンサス。
花言葉は「美術」「芸術」「精巧」
そして、「離れない結び目」――――**]
― ヨールカの下 ―
[ひとつ、またひとつと、消えていく
結んだはずの、リボン。]
……あなたも、行っちゃうのね。
[はらり解けた白が雪の上に落ちたなら、
やがてすっかり見えなくなってしまう。]
[――すながみの娘はカチューシャを外し
くくりつけられていた黒いリボンを解く。
ふわり浮かびあがり、金と銀で彩られた星の下、
しっかりと結びつけた。]
[頭をそっと抱かれた
そのまま、泣き続けた
泣いて、泣いて、いつまでも泣いて
紅茶は、すっかり冷たくなった
しっかりした、妹
こうして誰かの頭を撫でて、抱き締めてあげられるようになった、妹]
大きくなったね、リーリャ
[たった3年の付き合いだけれども
血も繋がっていないけれども
弱い繋がりとは、言わせない]
[もぞ、と動いて
冷めた紅茶を、ゆっくりと流し込む
はぁ、と息を整えて]
そろそろ、かな……?
[にこ、と笑ってみせる
目の腫れたその顔は、美少年とは言えない残念なもの]
だから、永遠に、さよなら
弱虫の“キリル”とは、ここで、さよなら
[微笑むその顔は、傷だらけで疲弊した
それでも真っ直ぐに歩く、女性の顔**]
[ふわり、笑みを浮かべる。
もう、彼女と離れたくない。
一時の別れでも、涙がこぼれるくらいにつらかった。]
ずっと、いっしょだ。
……あいしてる
[彼女の手を握り、またいつかのように先導しながら
教会の門を、通り過ぎていく。]
[起きたくないくらいしあわせなゆめのなかで
どうしようもないくらい、理想の楽園ではあったけれど
それでも、夢からは起きなければ。
楽園を捨てるならば、出てゆかなければならない]
[彼女が、それを選んでくれるのだから
消えてしまうまで、ずっと一緒 ――]
― 何処かの子供 ―
[ベッドで目が覚める。
目の端が少し冷たい。どうやら泣いていたらしい。]
先生、おはよう御座います
[意味の無い言葉は、笑みすら浮かべなくなった。
自分の言葉は、少しずつ死んでいく。
“先生”に見つからないように書いた、覚書のような日記に
とても幸せな夢の名残を残して。]
― 大樹の傍 ―
[解けた意識が、ふと集まって
溶け掛けた意識が戻る。]
ヴァーリャ、…おはよう。
……亡霊でも、夢を見るんだな、驚いた。
[まだ、夢の中に居るような目をしながら、ぽつぽつと語りだし]
ああ、オリガも居てくれるんだろうか
あの、ヴァーリャ、オリガ、…いてくれるんだ
[兄のように慕う彼には、見えるだろうか。
愛らしい少女には、彼が見える?]
本当に、楽園のようだった。
人も、けものも、なかったよ
[ しゃらん ]
[飾られた大樹から、鈴の音。**]
[いつの間にか大樹に住み着いた人間が居た。
最初の内はむず痒くて、何処かへ行けと枝葉を振るわせたが
その人間はちっとも堪えた様子など見せなかった。
その人間は「魔女」と名乗り、薬を調合したり
まじないを唱えたりと…およそ魔の法則とは離れたものを
よく見せていたから、大樹は枝(首と思しき場所)を傾げる事が多かった。
『お前、魔法はー?』
[大樹の言葉なんか届かない。]
[風が過ぎ去り、鮮明になった記憶]
別に探さなくっても良いんじゃん。
なんでずっと思い出せなかったんだろうなぁ?
――――…なぁんだ。
[浮かぶのはいつもの、子供のような笑顔]
……全く。
これもお前の仕業か?カエル。
俺が枯れるってのは、全部が全部ウソじゃないんだろ。
[オルガンの傍、今も尚愛らしい声で鳴くカエル。
その形は仔細までは見えなくとも、なんとなく解る]
まあいいや。
俺はまだあの森で生きていて、あいつが傍に居る。
それが解っただけでも儲けもんだ。
それじゃー皆の所にコレを配りに………
[幸せのたまごを皆にも、と
足を上げようとしてふと気付く違和感。]
あー……
[両足が根を張り、床と同化してしまっていて動けない。
男は困った風に頭を横に振って]
こりゃ時間切れっぽいかなあ、起きる時間だ。
「目覚まし時計」の真横に居て、聞いてたもんなー!
――なあなあカエル。
最後にあいつらに逢って行きたいんだけど、ダメ?
それが無理なら、せめてあの兄さん達に祝いと…
レイスに先行ってるって言いたいんだけど!
[カエルは相変わらず、愛らしい声で鳴くだけ。]
―――…ふーむ、お別れかー。
でもまあ、またどっかで逢えるだろ!
そん時まで色々お預けにしてもいいか、いいよな!!
全部、言いたい事は
[全部言い切らない内、
アリョールが消えた時と同じ風が巻き起こり
男の姿は掻き消える。
一陣の風はヨールカを通り抜けてその葉を小さく揺らし、
門を潜るとそのまま散って行った。
そして
揺れたヨールカの葉、よくよく見れば
小さなたまごの首飾りがいくつも掛かっているだろう。]
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