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― 一等車両 ―
[血と肉に、酔ったような唸りと煌々とした紅い眸、
黒い毛並みから“獲物”の体液を滴らせながら、獣が動く。
それは わるいゆめ のように絶望的で]
……ミハイル、ッ…
[押し殺す小さな呟きは掠れる、
それを聞き取れた者がいたかどうかはわからない。
火器は、比較的小さなものだったけれど、それでも柔らかな手に余る。
陶然とその光景を見つめていたサーシャが視界に入れば、黒い瞳は一層悲痛に歪んだけれど。両手に鈍い輝きを手に、彼の後を追う]
[黒い獣がクローゼットを揺らしている、
動きは激しいわけではないのに、狙いは上手く定まらない。
銃の扱いに慣れているわけではないのだ、その中に誰かがいるのだとしたら、]
――……ッ、
[トリガーを弾けば威嚇のような一撃、
細い身体は、反動を受け止めきれずに弾道がぶれた]
[黒くて大きい獣が、ミハイルと呼ばれるのをどこか他人事のように聞いています。
ミハイルおじさんと、ローラお兄さんは、とても仲が良さそうでした。
それなのに今は、武器を向けて。
とても悲しそうに。
訳もわからず、張り裂けそうになります。
一体自分は、どうなるのでしょうか。一体二人は、どうなるのでしょうか。少女はただ、黒い獣の赤い瞳をじっと見上げるだけです。]
[次射に備えて、ハンマーを起こす。
今度は、反動に備えてじりと脚の感覚を広げる。
照準を構えれば、その背後に少女の金色の髪が覗いた]
――はやく、逃げて。
[眼差しは振り返った獣の紅い眸を見据えたまま、
荒い呼吸に上下する肩とは裏腹に、
黒い瞳は哀しいほどにその静寂を取り戻していて]
ガオオオンッ!!
[銃に獣の怒りがあふれてくる。
カチューシャは逃げ出しただろうか。
歩みはロランのほうへ。
銃など怖くないとばかりに、あえて近づいていく。
紅い眼は、もう完全に化け物の領域。]
[獣が、シュテファンの身体を喰らう。筋肉をぶちぶちと千切り、鮮やかな内臓から血を溢れさせ。
血の臭いは部屋中に溢れかえり、呼吸のたび澱のように肺にたまる。人の身にそれが甘いはずもないのに。うっとりと獣を見つめている。だが。]
ろらん、やめて!
[ロランが持つ物に気づけば。彼を止めようと、慌て手を伸ばした。……弾の早さにかなうはずもないのに。]
っ! ロラン、やめて、お願い!
[倒れたロランを取り押さえようと。押し倒そうと。細い腕が伸ばされた。]
[はやく逃げて。
その言葉によろよろと立ち上がり、半分壊れたクローゼットの中からはい出します。
出口に向かい、とてとてと歩きだし、ぽけっと転んでしまいました。元より怪我をしていた膝をすりむいて、かさぶたが剥がれてとても痛そう。
こんな事態に、腰が抜けてしまったのでしょうか?それでも、全力で駆け出さないともっと痛いことになるのでしょうが。]
[照準を構えていれば、
唐突に横から伸ばされてくる腕に邪魔をされる]
――……サーシャ、 ッ、
[少しばかり、もみ合いのようになれば、
彼が怪我を負っているとはいえ、やはり男女の差はあっただろう。押されれば足元はぐらついて、けれど銃を手から離すわけにはいかない。]
君は…、――…ッ
君は、獣の悲しみを考えたことがあるか……!
[喰らわれることを願う彼へ、
そんな叫びは零れて、邪魔する腕を振り払おうと肘に力を込める]
[四つ足ではっていく姿は、イモムシよりも遅く。
人狼からしたら、まるで誘っているかのように見えるかも知れません。
当人からしたら、必死なのでしょうけれど。]
[シュテファンの部屋の方向に向かう。彼の部屋からは明らかな死の色が漂っていた。中を見ずとも、どのような状況であるのかは想像に難くない。
それよりも。]
な………!?
[乗客の隙間からシャノアールの部屋を覗き込むと、その双眸が見開かれる。
黒々とした獣が、部屋に居る。人間を喰らったばかりなのか、獣の毛から滴る血液は紅く、まだ新しいものに見えた。]
悲しみ……?
[わからない。獣と悲しみ、結びつかない言葉。
だって、狼はいつだって強くて。強大で。その爪に、その牙にかなうものなんていなくて。]
わかんない、わかんないわかんないやだっ!!
[どこから言葉に出来ていただろう。狼に褒めてもらいたいと、それだけで動く幼い精神は、ロランの言葉の理解を拒絶する。]
おおかみさまが、いたいの、やだ!!
[かろうじて出た対話らしき言葉は、そんな単純なもの。
振り払われようと、大きな声で怒鳴られようと、ただがむしゃらに銃へと手を伸ばす。]
[思いがけず旧知に会ったような感慨が浮かんだのは一瞬、この状況で、人狼の前で、無防備な背を晒す少女を見れば顔色を変え何を思う間も無く中に走りこんだ。]
カチューシャ!!!
[近づく黒い獣と少女の間に、割って入るかのように立ちはだかる。]
……っ、何してる!
早く逃げろ。入り口だ!
[攫い上げるには遅かった。
少女を背に庇い、素早く視線で扉を示した。]
なら、邪魔をするな…!
[狼様がいたいのは嫌だ、その言葉にきつく声を上げて。
それでも眼差しはただ、獣の動きだけを見据える。]
……ッ、
[がむしゃらに伸ばさる腕に、手を引っかかれながら、
銃だけは奪われぬように、抱き込むように庇う]
[少女は、ずりずりと這いずっていきます。
いつの間にか、羊さんをつけてない方の腕の包帯からは、赤い血が滲んでいました。
かたつむりのような速度でゆっくりと進んでいくのですが…べちゃり。おねーさんの血で滑ったのか、崩れ落ちるよう潰れてしまいます。]
>>81
グガァアアアアッ
[ベルナルトがカチューシャとの間に立ちふさがる。
獣は、それでも戸惑うことなく、その前脚を伸ばした。
それはベルナルトの背に伸ばされる。]
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