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[彼女が振り返るより。先に。]
[反応したのは、嗅覚。]
[向けられた笑顔に。]
[僅かに目を見開いた、ものの。]
…………俺は……?
[続く言葉に、それを細める。]
[なぜだか、おかしくて。]
[軽く、首を傾げ。]
……お前は?
[息が詰まる…意識が遠のき…彼女は白昼夢を見る―― 一瞬の夢 ――迫り来る過去]
げほっ、かはっ…。
[男に突き飛ばされ、体が床に投げ出される。
ひゅーひゅーと喉がなり、どくどくと血の流れる音がする]
おおか、み、とおな、じ…。
[つぅと頬を涙が濡らすけれど、突きつけられたその事実に、その衝撃に、正気が戻る]
[まして、一瞬の夢が彼女に伝えたものは、感化できぬものだった――いくつもの、死の、情景…。
そして、知りえることを隠していたというロランの裏切り…人狼の正体…妹の姿…]
マーシャっ!
[なにも伝えずにきたはずの妹が、事実のいくばくかを知りえたということ。
彼女は未来など視ない、けれど――彼女の姿を求めて、今日もまたマリーヤがこの宿をおとなうだろうという、それは確信――]
[見上げたなら、彼はどんな様子でいただろう。
己がイヴァンに引導をわたした事実よりも何よりも、今はマリーヤを逃がさなければという思いでいっぱいだった]
兄様…このままでは、食いつくされてしまう…フィグネリアさんに…村中のすべて。
ナタリーさんもまたいつ人を襲い始めるか分からない。
[ささやきは彼に衝撃を与えただろうか、それともいつものように静かに事実を受け入れたのか。
何故そんなことが分かるのかと問われたなら、視たのだとだけ告げたろうか]
だからイヴァンの事とお前の事だけ聞いておく。
イヴァンも死んだのか?
そして、お前はどうする?
[手には地下牢の鍵。彼女が自分の生存を望むのなら彼女に鍵を預けて、彼女自身をそこに入れる事を考えていた]
(その場合、体力が保つかが不安といったところだったが……)
[血を吐く彼女を見て、しゃがむ。ハンカチを出して、口元と顔の血を丁寧に拭った]
わたし、は……?
[首を傾ぐ様子に。
ぱちりと瞬きをして。
一度顔を伏せる。
なんでか、かなわないな、と苦笑が漏れた]
……私は、じゃなくて。
私から、ですよ。
[どうせなら、上手に笑った顔を、見せていたいのに。
上手に笑えないのが、くやしい]
[彼女の弱い身体ではマリーヤを連れて行くことは出来なくて、己は人殺しなのだという意識もやはりどこかにあって…]
あなたが隠してたことを知っているわ。
少しでも後ろめたく思ってくれるなら、お願い、あの子を連れて逃げて…。
[そしてこの宿を燃やしてと願う]
準備は出来ているのでしょう?
あなたが告げたことだわ。
[たとえ時間稼ぎにしかならなくともかまわなかった、マリーヤさえ逃がせたなら――。
燃えてしまえばいい、すべて――凍りついた水車も思い出したかのように時を刻み始めるのだろう…燃え盛る炎に焼き尽くされ]
[身体が悲鳴を上げる―けれど、打てる手は打っておきたかった。
死を間際にした人間は信じられぬほどの力を出すという。
ナタリーは未だ人の一線を越えてはいないようだった――片足を踏み出していたとしても]
それならば…。
[ロランは彼女を引き止めただろうか、たとえそうだとしても振り切って駆け出す。
ロランが後をついてきているような気もしたけれど、もはや気にはせず、ただナタリーの姿を求めて]
隠し事?
縁談のことか?
[意味がわからないという顔をした。感覚が麻痺しているのか、意識が違うのか]
宿には見張りがいる。直前で止められる筈だ。
止められない場合は…
[人喰いで力を得た姉さんが、既に見張りすら殺しているケース。
その場合はもう人間では人狼は止められまい]
[なぜだろうか。]
[おかしくて、おかしくて。しかたがない。]
……逃げねえ。
お前に、会いに来たんだ。
[そう云って。]
[笑う。]
このままでは俺の指示でも、外の者は動かん。
だが、村の者の頼みは、俺は聞くことにしている。
それがサーシャの望みならば、
[彼女の焦燥感を受けて、静かに言葉を継ぎ足した]
やれる事はやってみよう。//
わたし、に?
[会いに来る理由が会ったとしても]
……なんで。
[そう、笑うのだろう。
上手に。
目の前の男の笑顔なんて、そう、見たことはないのに]
ずるい。
[私はちっとも上手に笑えないのに。
少しだけ、唇をとがらせた]
だが、それよりも…
[他の者の意向。それも一番先にナタリーに聞かなければならない。
人狼として生きるか、村の者として生き続けるかどうか]
その前に姉さんに会ったなら…
[ドラガノフの部屋にあった猟銃を思い出すが]
まあ、その時はその時だ。
なあ、親友。
[部屋の窓から遠く、...は墓地のある方を見た]
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