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[置かれた外套は、羽織らず、片手に掛けて持つ。
ドワイトが、客人を連れて戻る前にここを去ろう。
だがその前に、彼の言っていた「贈り物」だけは受け取っておこう。
そう思い、踵を返したところで───]
あれは……?
[教会へ近付いてくる、新たな人影。
その片方の髪色は、色彩のないこの世界に似つかわしくないほどに、美しく───
遠い日の記憶を、呼び起こすようで。
外套を抱えたまま、その場に立ち尽くしてしまった**]
傘を返しに来たんですけど――
[ぼそぼそと呟かれる掠れた声。香る埃と、血の臭いに眉を顰めた。光が射せばまばゆくだろうステンドグラスも、灰色の空になってからは無縁のものだ。
暗がりに立つ人影が、なにか不気味なものにも見えて、動かない表情筋をわずかに強張らせた]
[よろめく足取りは、魔物化した少年の亡骸を抱えているためだけではなく。ぽたぽたと滴る血液は、遺体から零れているだけでもない]
…………こつり、こつり。
[不規則な足音と共に、男は教会の中へと。蒼白の顔で、右肩からは血を流しつつ]
ああ。 エラリー、くん、 かい?
[呼びかける声は、何処か息絶え絶えで。けれど道端で先ほど会った時より、きっと事態は深刻で]
すま、ない。
かさを、かえしに…きて、……くれたんだ、ね。
いま。 そう…しょくじ、の。 した、くを。
[うまく呂律が回らない。視界も揺らいでいる。失血と疲労の為か。友人の前で張っていた緊張の糸は、きれてしまって]
したく、を。したか、 った、んだけど。
[ふらふらと彼の目の前までやってくると]
ああ。ちょっと、 まずそう、 だ
[ぐらり。言い終えたと同時に崩れ落ち、そのまま意識を手放した]
……。
[異形化した少年と思しきなにか。
だらりと垂れ下がり力を失ったそれは、既に命を失っているように見えた。彼は――先ほど探していた少年だったか]
……失礼、取り込み中でしたか。
[亡骸を抱えたまま来客に応対するドワイトの様子に男は目を細め、長椅子にかたり、と傘をかけた]
――!
[ぐらり、と崩れ落ちる壮年の司祭の姿に、男は目を見開く。最後の理性か、意地か、信仰か。
膝から崩れ落ち、亡骸に被さるように倒れこむ姿は、荘厳にも映る]
[わたしはケープのポケットに小瓶を入れます。
試してみようとも思いましたが、2つという数はあまりにも少なく思えました。
ポケットの中で、カインさんから頂いた飴玉と小瓶とがぶつかりあいました。
それから、音楽盤を以前使っていたショールに包むと、わたしは自分の家を出ます。
酒場はわたしの家から見える程度の距離ですから、あまり時間をかけずに到着したでしょうか。
灰は未だに降り続いていて、世界はやっぱり真白くて。
このままこの灰が降り続けば、世界はやはり、終わるのでしょうか。
無の白に、染まりきってしまうのでしょうか。
その時わたしはどうしているのでしょう。
わたしもその白の一部に、混ざり溶けてしまうのでしょうか。
それは、なんだか酷く恐ろしい事のように思えました。]
[そっと酒場の扉を開きます。
からんからん、と、音が響きます。
まだ、スーさんはそこにいたでしょうか。
もしスーさんが起きているようなら、わたしは笑いながら一度、頭を下げます。
それからカウンターの奥へ行き、マスターの眠る部屋へと向かいました。
寝台に横たわるマスターの胸元に、持って来た音楽盤をそっと置きます。
わたしの声が一番綺麗だった時の歌を、マスターには持っていて貰います。
わたしは歌で、マスターにたくさん救われてきたのですから。]
[明日の朝、マスターはやっと、愛していた奥さまと一緒になる事ができます。
わたしにはそれが少し、羨ましかったです。
一応わたしだって女性なのですから、恋愛だとか、そういうのに憧れてはいます。
気付けば世界はこうなっていて、気付けば身体もこうなっているので、どうにもならないのですが。
それでも死する時、誰かに寄り添ってもらえたら、と。
そんな事を思うのは、贅沢でしょうか。
自嘲のような笑みを浮かべながら、マスターの部屋を出ます。
ぎぃ、ぎぃ、と、床板を軋ませながら、わたしはホールの方まで歩いて行きました。**]
[ぽたぽた、ぽた。
赤い血が、教会の扉の中に続いている。
零れ落ちたいのちの色。
世界から喪われてゆく色。
薄暗く陰鬱ささえ感じさせる教会の中、
欠けたステンドグラスから差し込む微かな陽光。
片翼の赤黒い羽の少年を抱えた司祭は、
───この世界でまだ神に祈りますか?
**]
[立ち上がって見渡す。
どうやらここは、灰によって廃墟となった集落のようだ。降り積もるそれに耐えかねたのか、崩壊している建物もある。
斑のついた葉っぱがしっぽに絡んでたから、じゃらじゃら、と振って落とす。]
ここ……。
知っているかい、カイン?
[相手はまだうずくまっているだろうか。必要なら肩を貸す。
ふと、少し離れた場所が、不自然に盛り上がっていることに気付く。
何かの上に灰が積もっているのだろうか。
カインから離れて(肩を貸している場合、彼鹿をは地に捨てていくことになるだろうか)、その灰を払うために弓を手に取ろうとして―]
……あ。
[無い。海水の瓶も手元に無い。
仕方がないので矢筒から矢を取り出して、それで灰を払った。
出てきたものは、己のものと酷似した、キャスケットの成れの果て**]
[穴だらけのキャスケットを矢の先に引っかけ、くるくる回す。
振り向いてカインを見れば、苦笑を浮かべて首をかしげた。]
煙草中毒の鑑だねえ。
さあて、ランスらの住処ときたか。
まさか彼らが煙草を吸うとは思えないけど……材料のひとつでもあるかもねえ。
探してみるかい?
[家荒らしの提案だ。
しゃらり、しっぽをひと揺らし。]
所詮この世はすべからく生者のものだろう。
ならば老い先短い私らに、使われるが花ってやつだと思うけどねえ。
[どのくらいそうして震えていただろうか。
――からんからん。
扉につけられた鐘が、鳴った。>>21
ナデージュが戻ってきたのだと思い、のそり、と顔だけを向ければ、実際その通りで]
……おかえり、なさい。
[心底ほっとした風に笑ってそう告げて、するりと瞳を閉ざす。
真っ暗な景色の中で、足音が遠ざかるのを聞いていた]
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