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……いや、とりあえず……
[話し合いの時間を、巨大花は許してはくれないらしい。
気付いていない、と思っていた植物の食事に使っていない余りの触手が、こちらにわさわさと、這い寄ってくる。
粘液に塗れた、濁った色をしたものが。]
ちょお!!
マジ無理だからっ!
[隣のパースに腕を伸ばす。
おもむろにその身体を抱きかかえ、両足のブーツをコンコンと踵と踵で鳴らした。
足元に仕込んだ札が起動するサインだ。
上っていた太い丸太を蹴り、斜め後ろに後退した、つもりで、意図しない方向へと、すっ飛んでいく。
その先が昔"灰色の羽"が暮らしていた場所の方角だと、猛スピードで移動する景色に薄ら気付くも。
咥えていた飴が唇からこぼれたのに手を伸ばす余裕は無かった。]
[ぴくり。
初めて、エステルの貌に感情らしきものが走った。]
…………、ら、
・・・
ランス?
[ときん。
それも一時のこと。
とことん付き合うと聞けば。]
………、セルマサン、
ありがとうございます。
[霞色が潤み、エステルは眸を瞬かせた。]
[……今の反応は?
女も、少女のただならぬ様子に気付いた。
だが尋ねるのにも気後れして。
知らない振りは、できなかったけれど。]
そう、ランス。
あいつなら、……なにか、知っている、かもしれない。
[違和感が強く、強くよぎっていた。
それを言葉に還元できないまま、ぎこちなく話す。]
[感情の発露、少女の記憶に関わるなにかがあった。
…………それは。
喜ばしいはずの、ことなのに。
触れてはいけなかった予感がした。]
大切な友達。
[その言葉はとても温かい。
けれど温かいが故に、胸に突き刺さる。]
だからこそ、おれはおまえを危険な目に遭わせたくない。
それに、言ったろう。
おまえはこの村に、なくてはならない。
ナデーシュや、スー……マスターのことだってあるだろ。
[差し差されたままの左手を握りたい。
けれどそれすら出来ず、手は、力無く下がったまま。]
ぎゃー!触手まみれで死ぬのはいやーっ!
[ぬらぬらと光るそれらに顔を青ざめさせる。
一瞬体を硬直させてしまったのを見て取ったのか、カインに体を抱えられてしまう。
奇妙なステップを彼が踏んだと思ったら、景色がぎゅん、と過ぎ去っていく。
とりあえずいろいろ思うところはあるのだが。
私が荷物扱いされるなんて、とか。
いざとなったら私だってズボンを下ろすことをためらわないぞ、とか。
あれ、私は彼の前であの姿を見せたことあったっけ、とか。
忘れちゃったなあ、なんて。
何か落っこちてきたから、それを反射的に口にくわえた。
甘い。
やがて、過ぎる景色に変化が表れる。
鬱蒼として恐ろしい、奇妙で正気じゃない生気のある森から、
どこか、何かを諦めたような、精気の枯れ果てた地のような。]
構わないよ。
集落か、教会か。
その辺にいるだろうさ。
[脳内に警鐘が鳴り響く。
直感のすべてがやめておけと忠告する。
しかし。
それが何になるだろうか?
硬直して痛みすら覚える足を動かして、
なにも考えるなと自分に言い聞かせて。
不自然な笑みを浮かべた。]
[世界が猛スピードで飛んでいき、その速度がゆるくなってきた辺りで、特別にこの森でも大きな部類にあたる木に激突した。
むしろよくここまで、途中の樹木に遮られなかったものである。
抱えていたパースを、反射的に庇うよう、煙草くさい服でぎゅむと抱きしめてから、どさり、比較的低めの草の生い茂った大地に落ちる。
ばさばさ、斑模様の葉っぱが灰の代わりに二人の上に降ってくる。
そこは、歪な植物に侵食されつつあっても、誰かが暮らしていたと判る場所。]
……っぐ〜〜〜〜、痛あ……
[第一声はまだパースを抱きしめる姿勢で動けないまま、当然の呻きだった。]
手紙狂い パースは遅延メモを貼りました。
[特に何事も無く家にたどり着くと、わたしは後ろ手に扉を閉めます。
マスターの奥様の遺品である化粧台が、わたしを出迎えてくれました。
鏡越し、すっかり痩せてしまったわたしの顔と、目が合います。
知らないうちに解けかけていた包帯に、そっと手を触れました。
結び目に手をかけると、簡単にそれは解けて行きます。
嗚呼、やはり、広がっている、と。
晒された左の頬を見つめて、わたしはそう思いました。
もともと肌はそこまで焼けていないのですが、それだけでは済まされないくらいに肌は白く染まっています。
爪を立てると、チョークのように表面が削り取れます。
表面にはもう、感触はありません。
ただ、水などに触れると、この渇いた白い肌は酷く、痛むのです。
今はただ痛むだけのこの咽喉も、そのうちに灰へと変わっていくのでしょう。
灰が齎すこの病の悲しい所は、死してしまうとそのまま亡骸も灰と化してしまう所です。
何れ死ぬなら、わたしも、マスター達と同じお墓に入りたいと思っているのに。]
[分かっているのだ。
どうせ灰のもと、誰もが死ぬのだと。
自分もそうなるのだと。
それはあのとき、前の村で。
夫が死んだときに思い知らされた。
逃げるようにその村を離れ、今の住まいに移って。
毒舌もいくらかなりをひそめて。
この土地で骨を埋めても後悔はしないと。
決めたことを、忘れてはいない。]
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