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嗚呼。
きっと、そうであろうな。
[傘の雫を払う。
銀色の髪にとまる雫も、陽を弾いて煌めくようでまた目を細めた。]
わたしは、鳶尾という。
そろそろ、私も我があるじのもとへ戻らなくてはならぬ
引き留めてすまなかった。
いちはつどの、ですか。
[やや吊り気味の細い目を、一層細めて笑むのです。]
わたくしめは、葛木 恒仁と申します。
呼び方などは、お好きなように。
[では。と別れて、言われた屋敷へ歩を進めるのでした。]
[聞いた通りにたどり着いたは、それは大きなお屋敷でございました。
どなたかに取り次いでもらおうと門へと向かうのですが…]
…これは、まさか。
[散歩に通って行ったのか、それとも飼われているものか、
大の苦手の犬めの気配が残っておりました。
遠巻きに眺めるも、近寄れず。]
[恒仁と名乗ったものの、人目を引く白い姿がすっかり通りに消えてから、おとこの姿もいつの間にか掻き消えていた。]
――影居の屋敷――
――ただいま戻りました。
[ひとの気配も、ひとらしい匂いも亡い屋敷。
おとこと同じく、やたらと静かに歩く女房へ傘を預けた]
─自邸─
[ふと書から目を上げ、空を見晴るかすかのように遠い目をし──
ひとつ、深い溜息を吐いた。]
(全くおれらしくもない。)
[薄ら陽がさして来たようで。既に西日差す時刻。家の庶務もあるわけで。その雲からさす陽と雨上がりの風情に一つ笛も吹きたくなり。
取り出だす横笛、息を入れるとまた普段らしからぬ音を奏で]
ん?また妙な。先のような音でもなし…。
なんぞ笛が浮かれているか?
[小首傾げ。足もとにじゃれついてくるのは家で飼う唐猫。
庭に止まる黒鷹がぴくり頭を持ち上げる]
[暫し迷ったその後に、件の笛へ語ります。]
ふえよ、ふえ。
そなたのあるじが居られるならば、その音で呼んではくれまいか?
[櫻日和のたそがれどきに、流れる音色は届くでしょうか。]
[折りしも聞こえてきた鳶尾の声。
破られた夢想に苦虫を噛み潰し、]
帰ったか。
按配はどうだ。
[手にしていた巻子を脇に置いて、身を起こした。]
そなたも何ぞ感ずることあるか。
[鷹の頭をなでながら問う。鷹はしきりに外を指す。笛も何か訴えるよう音を出すから、表を見て参れと人をやる。下人は門にいる銀の男に用向き尋ねる。何やら笛をと言うるらしい。下人、それを主人に伝えると]
何…?銀の髪?ふむ…。ではこちらに通すがよい。
[あるじの声に短く答え、書物の隙間から覗くわずかの場所へ立ち現れる]
はい。
件の屋敷にて、白藤どのとすこし言葉を交わして参りました。
奇しくも、あるじと同じ事を申しておりました――
あの者、手を焼くと見えて、すぐになにかを行うことは無いようにも。
−六条邸−
[侍従を燻らせた中、ほつりと目が覚める。
いつのまにか転寝をしていたのか肩にいつの間にか衣がかけてある。
それをかすかに手繰るとゆるりひとつ。
息をついて頬についた痕を指先でなぞってみれば唇を彩るのは苦笑]
…困ったな、今の刻限が、わからない。
[しかし言葉の割に、それほど困った様子はない]
[屋敷の下人に連れられて、中へと通されました。
見たことも無い調度の数々に、思わず感嘆の息もこぼれます。]
…あなた様は、あのときの?
[現れた彼のあるじには、確かに見覚えがありました。]
[見せるのは相も変らぬ不機嫌そうな顔。]
ふん──
すぐに四辻のものを掘り返そうとせなんだは賢いとも言えるな。
精々ばら撒かれぬように、ぎりぎりまで持たせるであろうよ……あのおとこならば。
[通された銀の青年。下人どもも何やら酷く訝しんで彼を見る。
外の鷹など威嚇の視線を離さずに。
しかし一度は見えている間柄、その青年が平伏してこちらを見るを]
ほう、その方はあの屋敷の…。何用でここまで参った?
下人の言では笛とか申して居ったがそなた何か所持しているのか?
[銀の髪は西日を照り返し赤毛にも見えよう。膝の唐猫なぜながら尊大に問う]
[常態からして機嫌の良いように見えることは無いために
平素と変わらぬようにも思えるが、あるじの貌つきが一体何を意味しているのかいまはどうも汲み取れずに、
心もち俯いて続けた]
おもいのほか、賢いおとこのようで御座います。
それと、笛を奏じるあやかしに出会いました。
件の屋敷へも居たものですが――中将どののものと思しき笛を、拾ったとか。
中将どのの屋敷へ向かったものと思いますが、なにやらよこしまな企みを持たぬとも限りますまい。
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