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こんな所で、……会えるなんて。
[掠れた声で語り掛けるように言いながら、少年が抜いたのは光の剣]
本当なら、これは、きみが使うはずだったんじゃないの。
[勇者の証とも言える得物を、かつて勇者と呼ばれていた少年に向ける]
ねえ、エステルさんも、タンガリザも、チャペも、いなくなっちゃったんだよ。
ダリアには酷い怪我をさせちゃった。
……きみが一緒にいたら、もっとうまくやれたかなぁ?
[言っても詮無いことだろう、アインを手に掛けたのが、仲間だったはずのチャペだったのだから。
少年は力ない微笑みを浮かべた後、腹に溜まる重苦しいものを地に吐いて、再び顔を上げた]
でも、……今は僕が勇者なんだ。
[アインの面影を残す門兵は、話を聞いてなどいないのだろう、再び剣を振り上げていた]
ダリアを助けなきゃ。
魔王と戦わなきゃ。
……僕が、やるしかないんだ。
[少年も光の剣を振るい、そして魔の者が鍛えたのであろう剣を受け止める。
かつて、鍛錬としての手合わせは幾度かしたことがあったか。
未熟な少年では勇者には勝てず、それでもさすがだなぁと笑っていたのだ]
行きます……勇者さま。
[誰も聞いてはいない宣言と共に。
少年は呼吸を止めるようにして、一歩を踏み込んだ**]
[――――――嗚呼、頭が]
[がんがん、がんがん、がんがん、止まない]
[音?痛み?それすら分からない]
[引き千切られて気が狂いそうだ。否、とうに狂っている]
[抱えきれない闇ばかりが溢れて、後には何も残らない。
負の感情ばかりが募るけど、
行き先を失い心臓が握り潰されているようで。
もう何も思い出せない。
此処は何処?床に転がっている此れは何?
目の前にいるこれは、誰?
只管に苦しいばかりで。此れがまた、永劫続くのか]
[魔王より放たれた一撃が、闇を切り抜ける瞬間。
もし、其処に少女の姿が現れたならば。
黒い瞳は一瞬だけ、我に返ったように。
じっとそちらを見つめただろうけれど]
[斬り捨てられて床へ醜く潰れ落ちたのは、
どろりと黒い液体の溶けだした何か。
屍体というなら、屍体だろう。
人ならば触れるだけで害をなすような、悍ましさ。
魔と呪に絡め取られたまま]
[白猫は影猫から身を隠しながら過ごす。
どうしても守りたかった相手は、今や己に仇なす存在となってしまった。]
ミャウゥ……
[チャペの記憶が残っていれば、どう思うだろうか?
きっと優しい顔をして影猫を撫でようとするだろう。チャペとはそういう猫だった。]
[チャペが影猫のために戦ったあの地。
そこにはもうチャペの亡骸は無かった。
元々が影なのだ。魔力が完全に霧散すれば、跡形も無く消えてしまう運命だ。
後にはチャペがいつも持ち歩いていた手編みのポーチと、零れ落ちた掌大の尻尾付きボールだけがそこに残っていた。]
[食べることも、肥料になることもない、食物としての意味を喪失した、赤い実。溜め込まれた瘴気は、持つだけでも掌から少女を蝕み、食らわんとする。
早鐘。悪寒。臭気。
――けれども、少女はそれを手放すことはできず。
枯れ果てた赤い実を携えて、城を更に奥深くへと進む。]
――――、
[魔物はまだ、多くがうろついている。
壁にしみついた血糊も、元からあったであろう魔素の染みも。恐らく正常に育った人間が見れば、恐怖を催し、嫌悪に溺れ、『さすがは魔王の城だ』とでも語るのであろうか。
――呼吸が拒む。
――足が拒む。
息を止めようとしても、開いた眼球からあらゆる呪が入り込み
少しずつ少しずつ、少女から生命を殺いでいく。]
っ、………
[魔神の影響下にあってなお、目を細め、口を強く閉じる。
――一瞬、置き去りにした少年のことが頭に浮かび。
振り払うように、ただひたすらに前へ、前へと歩いた。]
[暗示のかからなかった愛し子が一匹、その場に近づく。
ボールを見つけると、警戒心と好奇心を交互に見せながらゆっくりと近づき、つんっとボールをつつくと、転がったその様子に驚いて飛び退き、唸り声を上げる。
しかしやはり好奇心に負け、再びボールへと近づいていく。
それを幾度繰り返したか。とうとう影猫は、ボールに擦り寄り遊び始めた。
もう届かない悲しき思い。その証だけが独りぼっちで残るのだった。**]
[途中で、魔神は少女へと道行きを示し、姿を消そう。
闇の中では見ているかもしれないが、その方が面白いとばかりに。
少女が無視されるのは、玉座の間の内に入るまでか。**]
[身体は重く。
意識は薄く。
呼吸は苦しく。
正常に育った人間からすれば、少女のそれそのものが狂気の沙汰か。自ら地獄へ歩み行く少女の肌は再び竜鱗が浮き、実を握った指先も、砂へと変じようとする。
時間が足りない。
命が足りない。
身体が足りない。
――それでもまだ、たった一つ。遣り残したことの為に。]
そう、なの?
[少しばかり荒くなった呼吸で、魔神の言葉に目をまるくする。
手の中の赤い実を見つめ、臭いを嗅いでみるが、そこにどのような奇跡が起きたのかなど、分かるはずもなく。]
…………、ん
たべてみる
[意を決したように、齧る。]
[――舌触りとか。味とか。
そういった問題ですら、もはやない。
噛んだ瞬間に広がる腐乱臭は鼻を抜けて脳へ至り。
染み出る液体は口腔いっぱいに飛び散って。
まるで――泥を煮立てて、飲んでいるかのような。
食への冒涜。圧倒的な呪詛の塊。
――嗚呼、この実は腐っている。]
ぅ、…っ
[嘔吐感が襲ったのは、魔素の影響だけではあるまい。
胃からせりあがった酸味と混ざり合い、更に臭気は酷くなる。
口元を押さえ、――ぐっと呑み込んで。]
…………、
[一口。また一口。
涙を堪えながら、なんとか食べきれば。
――確かに、女性の言う通りの効能はあったらしい。
砂化していた指先は、再び元へと戻り。
肌に浮いていた竜鱗はそのままだったが
奥へ進むごとに酷くなっていた息苦しさは、薄れた。]
……ほんとだ
[驚いたように、目をまるくして。
手に付着した実の液体を、まじまじと見つめた。]
[――フリッツが命を賭して遺した『呪い』は、再び少女に歩くだけの力を与える。全てが元通りになることは無かったが、それでも、望みを叶えるだけの時間の猶予を。
途中からは、女性の姿が見えなくなり、一人きりで歩かなければならなくなったが。手に残る実の感触だけを支えに、ひたすらに歩いた。]
[知らない。――知っている。
分からない。――分からないはずがない。
でも、過ぎった"彼"とは、あまりにも違う。
形が違う。いろが違う。気配が違う。
あれではまるで、形を持つことを許されない、化け物だ。
でも。]
…………、
[どろりと溶けた液体のような"それ"を、ただ見つめる。
球体に包まれ。玉座の間からいなくなるまで。
じっと、目が離せないまま、呆けたように瞳に映していた。**]
竜の子 ダリアが「時間を進める」を選択しました。
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