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……ぅ……、
[寄せては返すように繰り返されていた謝罪の声が、止む。>>53
ナデージュが、黙って背に触れてきた手の持ち主が、
何を考えているのか分からない。
分からないけれどどうせ、この傷を、流れる赤を見れば、
醜いと思うに決まっている。決まっているのだ。
そう思う一方で、醜いと思われても構わないから、
ただただすがりつきたくもあり、]
……こわく、ないの?
[だらりと垂れ下がっていた右手が、後ろへと動いた。
触れたい、けど触れられない、彷徨う思いを形にしたかのように]
マイダ。
やっぱり、マイダ……なのか!?
[両手を肩へ]
エステル……!
きみは、マイダなんだろう?
…………。
[頬を伝う涙を拭おうと、指を伸ばし、触れる。]
[そっと、スーさんの背中に触れます。
問いかける言葉に、緩やかに首を傾げました。
髪飾りの細かなビーズが触れ合って、しゃらりと音を立てました。]
………
[何が、怖いのでしょうか。
わたしの目の前で震えているのは、小さな存在のようにしか見えませんでした。
わたしは腕を伸ばします。
柔らかく、スーさんの身体を抱きしめます。]
………だ いじょう ぶ、 です
[スーさんの耳元で、掠れ声でそう告げました。
酷く醜い声ですが、構いません。
この声で更に怯えさせてしまうかもしれませんが、仕方ありません。
いまはただ、わたしの気持ちをスーさんに伝えなくてはならなかったから。
スーさんは、痛かったのでしょうか。
それとも何かが、怖かったのでしょうか。
わたしには、わかりません。
でも、傍にいてあげることはできます。
抱きしめてあげることはできます。]
[諦めないと告げ、口元に揺れた手紙。]
読めない……?
[笑みを浮かべる手紙狂いに、そんなわけが、と言いたいのを堪えた。
唇を結んで、やる、と言われた手紙を受け取ろうと、指先に煙草を指した手が伸びる。]
[少女に、あれが翼人だ、と告げる前に。]
…………な、
[ふたりのやりとりに、驚愕する。
なのに反面、これでなにか分かり合えるならいいじゃないか、と思う自分もいた。
なにかが通じ合う存在があるのなら。
それが見付かる距離にあるのなら。
お互いに、認識できるのなら。]
[少女達の会話に気を取られていると、もう自分の役目は果たしたような落ち着きと居心地の悪さが残った。
ステンドグラスが、鈍く、
その場にいる者たちに、
光を投げかけている。
花はもう、どこにも咲かないだろうに。]
[後から後から涙は零れて。
理由が分からないから、止められなかった。
両肩を掴まれて戸惑うように眸が揺れる。]
わ、私…………、
あたし、
[ランスの指が、霞色の眸から零れる涙を掬う。]
あたし………………、
[───言葉にならなくて。
ランスの胸の中に倒れ込んだ。
傘の持ち手が手から離れる。
零れた涙が、灰色の地面に、ぽたり ぽた 濃い色を作り。]
[別の男から声を掛けられて我に返る。]
……なにが、…………いや。
あたしにできることなら、やるよ。
説明はあとでいいからさ。
[明らかに、想定されないような事態が起きたあと。
自分を取り戻した女の動きは素早かった。
どんなことがあろうと、最後まで後悔しないと。
決めているのだから。]
………………だから。
あたしは、誰にも祈らない。
[誰にも聞こえない、小さな声で。誓った。]
[司祭に比べれば、助け起こしている男の方はまだ顔色が良いといえた。
勿論、こんなときに調子の良いものなどいないだろうが。]
水は……ああ、これかい。
[井戸水は使えない。
浄化された飲料水は貴重なものだった。
ことに、医療や教会にある水は純度が高い。
村で使われている水の容器はどこも共通だ。
裏口近くにそれを認めて、盥を満たした。]
『あなたを愛しています』
[受け取った手紙は大切に、引き出しの奥へしまってある。
それが誰によって綴られたものなのか、
男にはわかってしまっていた。
そして手紙狂いへ向けて、無邪気な笑顔を見せる]
『ありがとう』
『きみとであえて、よかった』
[男のことを示す記号…、
名前はこの村に来てから司祭が付けてくれたもの。
だから、この手紙は、つまり]
[それからは、
手紙狂いがこの村へ来た記念日が来るたびに、
相手の元へ封筒を持っていくようになった]
『私に手紙をくれたひとに、届けてほしい』
[中に宛先を示す記号はなく、手紙すらなく。
押し花でできたしおりが一枚、入っているだけ。
もしも断られたり無理だと言われたとしても、
毎年そうして置いて行く。
…だけど、今年は贈る花がない]
[…自衛代わりに変異植物に薬品をかけて見れば、
かけた部分に妙に艶が出て。
活性化したのかワックス効果か、それとも単に濡れたからか。]
・・・理由がどれであれ、試薬01は効果無し。封印、と。
[小瓶に封してぺけ書いて、数歩植物から距離を取る。
変化が無いのを確認し、大きく迂回し足を進めた…]
[消毒液と、灰の影響を除くとされる――信憑性は極めて低い――聖水の瓶。
包帯を探して引っ張り出す。
湯が沸いたのを別の盥に入れ、司祭のところへ向かう。]
傷を見せな。
縫合する必要があるなら、あたしにやらせとくれ。
[持ち歩いていた裁縫道具の糸と針を、熱湯消毒して持ってきたのだ。]
マイダ……。
生きていてくれたんだな……。
[胸元に感じる熱を、優しく抱きとめ、金色の髪をゆっくり撫でる。
ずいぶんと昔、そうしていたように。]
意識がないうちにやっておくのがポイントさ。
……起きてたら起きてたで抑えとくれよ。
[少年の死体を見て、昂揚していた。
目の前にいる誰かがあのように変じる前にできることをしておきたい。
その相手が拒まないならば。
――否、拒んだとしても。
女は進んで手を伸ばす。]
ん……
[移した寝台の先、女は手際よく治療の準備をしていた。どうやら彼女には医療の心得があるらしい。
ずしりと身体が重たくなるのを感じる。緊張から開放されたのか、男の背を重力が引いた]
それじゃあ、お任せします
[ぼそぼそと呟いて、大きな身体をセルマに譲った]
[ランスの胸元に縋り付く。
ぽろぽろと零れる涙はランスの胸元に染み込むだろうか。
彼が言っていることは分からないけれど、
溢れる涙はほんもの。
言葉にならないから、きゅっと服を握って。
ランスが撫でる太陽色の髪には、装飾品一つもなく。
撫でられてゆくにつれ、あたたかいものが胸に広がった。]
思い出せなくて、
ごめんなさい。
あなたのこと、思い出せなくて、ごめんなさい。
[浮かぶ情景はあるのに。
ランスの胸の中で、言の葉をぽつりぽつり零す。]
[――しゃらり。
ふつうの状態ならば好奇心をかき立てられるその音にもやはり、振り返らない。
何かを諦めるように閉ざしかけた瞳が、]
――…っ。
[見開かれる。
抱き締められていると、分かったから>>64]
は、…はなし、て。
[ぴくり、と肩が跳ね上がり、嫌がる子のように首を左右に振る。
けれどそれも、ナデージュが掠れた声で“だいじょうぶ”と告げるまでのこと>>65]
[それは、色付く記憶の中の綺麗な声とは違っていたけれど。
身体に染み渡って荒れたこころを落ち着かせてくれる、そんな声だった]
………。
[だらり、と左手が下がり床に落ちた。
赤く染まった顔の右半分があらわになる]
お、っと?
[受け取ろうとしたそれが、やや強引にポケットに押し込まれた。
しわくちゃになってしまうのでは、とお節介が過ぎるが、本人は気にしていないようなので、こちらも気にしないでおくことにする。]
楽しみ、か。
[何が書いてあるのか、今すぐ目の前で中身を読んでやろうかという悪戯心を押し込めて、指先の煙草を再び口元へと持っていく。]
それじゃあ……どーする。
[それは、まだこの廃屋を探すかとか、まだこの近い姿勢で居るべきかとか、色々に向けて。]
―――――――…。
……。
[意識が遠い]
―――…。
[傷の手当てをされている、気がする。
どうして自分は怪我を負っているのだろう。
此処は戦場だろうか。
薄らと目を開けば、空には煤けた星空が。
…否、それは、灰を被ったステンドグラス]
今日は星がきれいだ。
[うわ言のようなそんな声は、エラリーに届いただろうか]
ありがとう。
[そこで再び意識は途切れ、目を閉じる。
そのまま礼拝堂から運ばれた男の身体は、
寝台へと横たわることとなる。
虚ろな意識の中、
セルマとエラリーの声がぼんやりと耳に届く]
[離してと言う懇願の声なんて、聞こえませんでした。
わたしに見えるのは、血を流して震えているスーさんだけ。
わたしに聞こえるのは、耳元で鳴る髪飾りの触れ合う音だけ。
血に濡れたスーさんの右手を、そっと片方の手で取りました。
細くて、小さな手でした。]
………だいじょう ぶ だから
[そっと、隠されていた顔に、自分の顔を近づけます。
こつり、と、額と額を触れ合わせて。
わたしの顔の左半分の包帯が、赤く染まります。
包帯越しに滲みた赤色は、わたしの灰化した皮膚に触れます。
じんわりとした痛みに、そっと目を伏せました。]
…………
[大丈夫です。
スーさんの"痛み"に比べたら、全然、なんてことないのです。]
――っ
[セルマが忙しげに治療を施す中、うわ言のように、呟かれた言葉。反射的に上を見る。常ならぬ程に俊敏な動きだった。
けれど、そこにあるのは灰と埃をかぶったステンドグラスだけ。
星空など、随分と長いこと見ていない]
――、――
[まるで言い遺すかのような例の言葉に、男は表情を硬くし、司祭を覗きこんだ。大柄な男の身体が、影を作る]
さっき言っただろう、俺は"諦めた"んだって。
[主体性の無さの理由を述べ、ゆるいという評価には、へらりと笑って見せる。]
うん? 帰りは任せるって、どんな方法で――……っーう!
[尋ねられ、引いてきている背中の具合を確認するように、腰を曲げてみれば。
走った痛みに、固まった。
とはいえ、動けない程ではない。
少し休むか湿布でも貼れば、よりマシになる程度。]
[トロイと名乗る研究者に尋ねたかったことは、
沢山あったが。
一番聞きたかったのは、
魔物化の進行を食い止める方法だった。
少しでも何か、可能性があるならば。
例えば腕を切り落としてでも、可能性があるならばと。
救いたかった孤児の子は、既に死してしまったが]
――――――――〜〜〜ッ。
[ぼんやりとした思考は、強い痛みで遮られた。
セルマが傷口を処置してくれているのだろうか。
顔を顰めてから、男は再び薄く目を開ける]
嗚呼、 ああ…。 びっくりした。
すまないね、なんだか情けない。
エラリー君、と。セルマさんか。
ろくな歓迎も、できないで。
[何処か覚束ないまま、二人へ謝罪を。
男を覗き込んでいる青年の顔が、丁度狭い視界へ入る]
…なんて顔をしてるんだい。
私は、大丈夫。
[笑顔を作ろうとして、苦笑になった]
……いい。
謝らなくていい。
逢いたかった、ずっと。
[あの日───
途切れそうだった命の糸が、繋がった日。
誰よりも真っ先に、元気な姿を見せたかった。]
ありがとう、戻ってきてくれて……。
方法は、そうだな、秘密だよ。
君には目をつぶっててもらわないと、ちょっと困る方法。
[痛みに固まっている相手の様子に肩をすくめて、今いる部屋を見渡して。
ベッドに近づき、掛けてあったシーツをはがして、ベッドの下のリネンを取り出してはがしたものの代わりにかけた。
灰が吹き込んでるとはいえ、室外にいるよりはましだろう。
彼の手を引いて、そこに座らせた。
己もその隣に腰掛ける。]
ちょっと横になった方がいいねー、君は。
[両手を組んで、うーん、と背伸び。]
――――お。
お目覚めかい、王子様?
[自分のペースを再び備えた女は、冗談めかして司祭へ話しかける。
振り向きもせずもうひとりの男へ手で合図して、鎮痛剤を持ってこいと示す。]
なにが大丈夫なもんか。
そんだけぱっくり傷が開いてりゃ、馬でも鹿でも涙が出るよ。
[ぎざぎざの傷口を手当てしながら、怪我の理由に思い至っていた。
人外となった少年の死体。
三つ編みを振って頭から追いやる。]
[目を合わせる勇気はまだ持てず。
触れ合う自分の手と、ナデージュの手をぼんやりと見つめていると、]
っ!?
[――こつり。
気がつけばナデージュの顔がすぐ近くにあって、
赤に触れたところからナデージュもまた赤に染まっていく。
彼女の包帯の向こう側がどうなっているのかは知らない。
知らないけれどきっと、自分の傷のように醜くはなっていない、と。
そう思っている。思い続けている。
顔に包帯を巻いた者同士でもそこが違う。
おそろいだけれどおそろいじゃない。
けれど、今の二人は、そう、]
[木製の質素な椅子に、どっかと腰掛ける。
小説書きが事情を説明するならば、相槌でも打つつもりで。
ふたりが語らうならば、聞いていようと判断した。]
おそろい。
うれしいことのはず、なのに。
[ちっとも嬉しくない。
触れたところから広がる暖かさだけが、
嬉しくないという“痛み”に耐えるためのすべて、だった]
[その背にあるのは、灰色の翼ではなく、蒼穹の翅。
けれど、姿は勿論のこと。
耳触りの良い、かわいい、やさしい声も。
腕の中のぬくもりも。
どれもが懐かしい。]
マイダ……
[謝罪の言葉を零し続けるエステルの額に、ゆっくりと、唇を近付けようとして]
──────!!
[ どくり ]
[秘密の方法、目をつぶる?
予測できずに、疑問符を浮かべる。]
お、うぐ。
[座らせられる腰と背中の曲がりに呻く。
少し休めば平気だろうと、言われるままに横になるつもりは無いが、今のままではのろのろ速度の抵抗しか出来ず**]
[ どくり
心臓が、大きな音を立てる。
灰色の羽根が、バラバラと抜け落ちて。
そのあとから、次々と赤黒い羽根が伸びてくる。]
ぁ……
[恐る恐る、背中へと視線を回せば、そこにあるのは痩せた灰色の羽ではなく
存分に風をはらむことが出来るであろう───血色の翼。]
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