698 あず村Ⅲ
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川田 花子
[閉じるエレベーターの隙間に、八束の姿が遮られる。
その日以来、理学部実験室で繰り返されていた
小規模爆発はぴたりと止んだ。
代わりに、小柄な白衣姿は、城壁のように築かれた
本と資料と論文の山に埋没することになる。
――時間との、戦いだった。
砂時計の残りがどれほどなのかは分からないが、
少ないことは確かで。
大学院の企業と共同開発を手掛けている研究室に所属し、
症状を辛うじて食い止める薬を開発するまでに、
既に振ってくれていた八束の手は動かなくなり、
油切れのような症状は彼女の身体の大半の自由を奪っていた。
弱まる呼吸、震えぬ声帯、眠る以外の機能は最早数えるほどしかない]
川田 花子
[どんなに時間が惜しくとも、見る度に辛くなろうとも、
見舞いは欠かしたことがない。
研究に明け暮れる毎日では、
彼女の望む、自身の幸せやコイバナについて、
大した進捗を報告するには至らなかったけれど。
秘かな感情を打ち明ける際には、必ず最後に
「空には内緒だ」と動かぬ小指に、自らの小指を絡めたものだ]
――――できた。
[年が幾ら巡ったか、1(12)月16(30)日、その記念すべき日。
天才少女はついにノーベル賞ものの研究成果を纏めあげた。
今までの鬱憤を晴らすかのような、施設の一角を吹き飛ばす大爆発とともに、
試験管で揺らめく納戸◆色の液体を手にし、思わず涙ぐむ。
――脳裏に、大切な友人の笑顔を、描いて]
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