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[悪戯な笑みがアナスタシアから向けられると
きょとんとした表情が浮かんでしまう。
何時も揶揄るのは城主の方だったから奇妙な感覚があった]
考える時間が頂けるなら有り難いね。
――…“私達”と言うなら、
あなたは、人の世に戻る道は、選ばないの?
[彼女の選ぼうとする道を確かめるが如く問いを向ける。
奇特な者の話にははたりと瞬いて視線の先を追うのだけれど
アメジストの双眸とぶつかれば更に困惑するばかり]
[新月の月に喩えるユーリーに城主は思わずくすりと笑みを零した]
あなたには言葉で敵う気がしないわ。
言葉だけでなく意志においてもそうなのでしょうけど。
――…あなたはそう言うけれど、
私は、自分で自分を忘れてしまいそうになるの。
[長い一人きりの時間で本来の名さえ忘れてしまった。
時折で良いから名を呼んで欲しいと眷属に乞うほどに
誰かに呼ばれるのを何処かで待っていた]
だから、もう、あなたには忘れ去られてしまった、と。
[宴の前に挨拶を交わした他の客人たちも忘れている、と。
ユーリーの課した軛の意味するところは計り知れぬままある]
[此処にいる理由が変わっていない事をユーリーから聞けば
城主は小さくひとつ頷いて]
怠慢であるとは思いません。
宴らしからぬ宴になったのですからそれは仕方なきこと。
それに、礼拝堂での雄弁さには……
人の上に立つに相応しい、と、そう思いもしました。
[貴族であればこそかそれとも彼自身の資質か。
其処までは分からぬながらも何処かで通じるものを見出していた。
グレゴリーの話には言葉の区切りごとに相槌が打たれる。
悔やむように握られた拳にふと城主の手が揺れた。
城の住人に対してなら触れていたであろう手。
けれど、既に正体を晒しているというのに、触れる事に躊躇う]
[助けようと尽力した者の手で友が殺される。
上に立つ者として守ってきたはずの民から家族を奪われる。
ユーリーが心に負うものは彼の言うとおり同じに思えた]
――…苦しいね。
[宴の発端は城主自身であるから
宴の犠牲者を憐れむことも憚られ、
ただ重ねるようにポツと其れだけを紡いだ]
[守るべき「民」ではなくなった。
そう言いながらもベルナルトの事を案じるユーリーに
城主は僅かに艶めくくちびるを綻ばせた]
あなたには未だ守るべき者が居るじゃない。
少なくともベルナルトはあなたにとって守るべき民なのでしょう。
ニコライとロラン……
葬るであれば私も手伝いましょう。
[是の言葉をユーリーに向けて薄く笑む。
身体の事は余り気にしていないような気もするが
ユーリーの言葉を聞いてほおってはおけないとも思うがゆえに]
――…待っていたら戻ってきてくれるの?
[問いに問いで返してしまうのは理解しきれぬからか。
穏やかな狂気を孕むユーリーの双眸に
呑まれてしまいそうな気がして――。
揺れる心を隠すかのように胸元で両の手を重ねた]
[保護は要らぬだろう。アメジストの一瞥に考える。
確かに護られ、導かれる事は求めていない。
女もまた貴族の家に生まれ、大陸をいずれ覆い尽くそうと各地を舐める革命の焔を”安全”な都から見て来たが――ユーリーの指すそれは、女の生まれついての気質と言えた]
…。
[ユーリーの視線は城主を向いていたから、ハンカチが解かれて侵食の見え隠れする右腕を思う。
痛々しいだろうか。
動かせるまでにせずとも、外見だけを再生するなら…と、そこまで考えて苦笑すると、言葉を交わす二人から離れ、とろり、闇へ――]
――…死者の声なら聞こえているわ。
今のあなたを見てその彼が如何思うかは分からないけれど。
あなたに向けられた言葉を伝えておきましょうか。
[グレゴリーが吸血鬼に変じる切欠や灰にした者を思って
零された言葉ではあるが城主には与り知らぬ事]
『ユーリー殿、女性には気を付けた方が宜しいですな。』
[彼が紡いだ言葉をユーリーに向けてことと頸を傾げた]
― 城門 ―
[しっとりと薔薇の薫を含んで満ちる霧の中。
朱を帯びた空の色合いから、太陽が天空に顔をだしていることは知れた。眩しさが呼ぶ頭痛を堪えて眉間を揉む。
酒瓶を慎重に地面に置き、ひたりと冷たい扉肌に左手を触れた。
開くべき時を待って沈黙するぬばたまの黒い門]
あなたが、永遠とともにあるのなら永遠を。
あなたの滅びのときには滅びを望みます。
[自分の指から紋章の指輪を外して、床に置く。
吸血鬼の嫌う銀だから。
家名に依らず、ひとりの男として告げたいから。]
わたし──
ユーリが望むのはあなた自身です。
[――…待っていたら戻ってきてくれるの? と、
その眼差しは、数百年を生きた吸血鬼とも思われず、
これほどまでに切ない声は、シラブルは聞いたことがなかった。]
──必ず。
あなたがこれまでにどれほど辛い寂しい想いをしてきたとしても──
百の世紀にただひとり現れる男と認めさせてみせます。
[そのためにも、果たさねばならぬ義務はある。
埋葬を手伝うとの申し出には謝意を示した。
人を寄越すのか、異能を使うのか、そこは与り知らぬところではあったが。]
[跳ね橋を下ろすための鉄の滑車と鎖。
絡み付く無数の荊棘の幻には白い薔薇も赤い薔薇も咲いていない]
どんな魔力によるものかしら。
[好奇心は時折首をもたげては女の気を散らす。
せいぜいが、治癒と吸血、闇を渡る移動くらいしか能のない生まれたばかりの吸血鬼には与り知らぬ事]
……日光浴する気分じゃないわね。
[見上げる美しい古城。塔と塔のあわいから射す曙光は、未だ吸血鬼の凭れる城門には届いてはいなかった]
[階段を下りながら、
イライダから告げられた友の言葉を思い出し、く…、と喉を詰まらせる。]
まったく──、
女性は、いつだって革命を起こす側だということを忘れていたよ。
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