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…………っ、
[シャノアールの言う通りに「仕事」を済ませ、カチューシャが戻って来たとしても。
誰かの犠牲によって生を取り戻すことを彼女は望むのか。自分の意志とは無関係に人を殺したその身体で生きることを望むのか。
そう、二等室のあの部屋でも迷い、シャノアールと"契約"した後も幾度も胸を過ぎる、問い。
先の事を考えれば、全身が怖気立つ。
自身の思い入れだけで、自分はあの少女により深い傷を刻み、消えない十字架を背負わせようとしているのではないか――?]
[長い長い、息を吐く]
……何でだろな。
傷ついた細い喉とか、声が出せないトコとか見てたら、
護らなきゃいけないと思った。救わにゃならんと思ったんだ。
何が何でもこいつは生かさなければいけないと思った。
[最初の死者が出た後、探し回ったのも。
食堂室での集会に混ざりつつ、何処かで気にかけていたのも。]
でも、それだけじゃなかった。
多分、何よりもまず、生きていて欲しいだけだった。
[独白のような言葉の後、誰にともなく紡ぐ。]
シャノアールは……魂の状態で見てるっつってたな。
其処にいるかは分かんねーけどよ。
俺はお前を救えるもんだと思ってた。
でも、この方法じゃどう考えても駄目だった。
人の都合なんざお構いなしの身勝手な奴が乗り合わせてて、悪かった、な。
[シャノアールの愉しげな声を聞く。
少女の物なのかシャノアールの物なのか分かりはしないその声も、妙な親しみさえ覚えてしまう程度には、もうすっかり聞き慣れてしまった。]
意味、か。
ああ、人生に意味なんかなかった―――ずっと。
んっとに、笑えるぜ。ロクに回りもしねぇ頭で、会って間もない子供をどうにか護ろうとしてこのザマだ。
散々色んなモンに手を染めてきて、色んなもんを犠牲にしてきた俺がだ。
……尤も、これも、生きる意味を見出せてたってことになんのかも知れねーけどな。
[胸元の銃を取り出し、カチューシャに向ける。
撃鉄を起こし照準を合わせれば、僅かに自身の眉間が動いた。]
そう、死体になったら終わりなんだ。
だからこそ意味を求めるってのにも、異論はない。
だが、身体も人生も一人に一つだ。
カチューシャの身体はお前のモンじゃねえ。
次の身体も、そいつ自身のモンだ。
何より、お前みたいなのを解放したら、
死んだ奴らに申し訳が立たない。
契約反故で悪いが――返してもらう。
はっは、―――はっはっは。
別に身勝手だとは思わないよ。
どうせ、人生に意味など無いから。
だからこそお前には、『色々大事なモノを失ったけれど、それでも一人の少女の命を救う事は出来ました』―――そう云う意味を、くれてやろうと思ってたんだけどな。
[右手の羊を取り出す。そこから出て来たのは、何て事は無い工作用のハサミ。]
それで、たった一つの意味に縋り生きて行くお前を見て。
大笑いしてやろうと思っていたのに。
何せ―――人様の人生を掻き回すのは、最高に最高に愉しいからな?
サンドラが何かしないように、抑えていてくれると嬉しい。
別に命令等では無く、純粋なお願いだから……無視してくれても構わないがね。
そうそう、もう一度確認するが―――確かに引き金は二度、引いたんだな?
[ゆっくりとベルナルトへ近付いて行く。その命を、奪う為に。]
それにしても、この列車には死にたがりばかりだったな。
死を恐れ、生きたいと願わない限り、手に入らないモノはいっぱい在ると云うのに。
体面を気にして、実利を取らない奴等が多過ぎた。
お前もそうだよ、ベルナルト。
私を殺したいので在れば、どうして後ろからやらない。
何故、声を掛ける。
己への云い訳をしたいのであれば、背後から忍び寄り、首を絞めながらだって出来るだろう?
なのに、何故わざわざそういうお喋りをするのか。
答えは簡単だ。迷っているからだよ。
本当に、殺して良いのか?
助けられるはずの少女を、自分の意志で殺して良いのか?
お前は迷っている。
自信が無い。
だから、己の感情、理論、内側―――そう云ったモノを吐露する事で、決意を固めて行かなければならない。
[ゆっくりと。ゆっくりと。飛び掛かる為に間合いを詰めて行き。]
その引き金は重過ぎて。
ゆっくり、少しずつ、『自分は間違って無い』―――そう云い聞かせないと引けやしないんだ。
下らない。サーシャを殺した時のお前は、もうちょっとマシだったぞ。
ごめんなさい。
ジャックを撃った時、落としてたの、
すっかり忘れてたわ。
でも、確かもう弾は…。
[なかった、はず…。]
[しばらく立ちすくんでいたが、ゆっくりと、サンドラに近づいていった。
途中ベルナルトから制止されようと構わずに。
そして、サンドラの肩に手をおいた。
拘束するほどの力はいれず。]
ねぇ、また黙って見てるだけなの?
[耳元で囁きかける。
それはサンドラにしか聞こえないほどの小さな声。]
生き残るためには、それが一番賢明かも。
でも、ベルナルトさんの持っている銃、
もう弾が入ってないのよ。
このままだと、彼、死ぬかもね。
…どうする?*
…祈りみたいなもんだ。
お前みたいに頭が良くねえ、色んなモンを割り切れるほど長く生きてもねえ。
言葉にするとしないでは、大違いなんだよ。
それに地獄に行ってからじゃ、何考えてたか伝える術がないだろ。
[シャノアールの言葉は何一つ否定せず、肩を竦めた。
しかし、意味を与えてやらなくもないと言わんばかりの言葉にだけは眉が跳ねる。]
何だそりゃ、憐れみか?
俺は人から施しを受けるのは、何より嫌いなんだ。
[ほら、もう一つシャノアールを殺す理由が出来ただろう。
言い聞かせるよう、胸の漣に溶かし込んで行く。
殺せるはずだ、迷わず殺せと。]
[羊の中から出てきた鋏に、ほんの少しの困惑が浮かぶ。
少女と鋏、それに羊が、命の掛かった場には余りに不釣合いで、更なる迷いを生む。
が、工作用と言えど、命を奪うつもりで使えば十分凶器になるだろう。見誤るな、あれはシャノアールだ。]
………殺して良いのかと。
他に方法はねえのかって。
お前の事は見て見ぬフリしてでも、残りの生を取り戻せればって、
ああ、迷ってる。迷ってるさ!
[じりじりと間合いが詰まる。
余り近づかれると、リーチの長さが逆に不利。
喉の奥が引き絞られ、小さく鳴った。]
でもな。
聞いてりゃ、お前はお遊びが過ぎるぜ。
人の人生を弄ぶしか愉しみがねえんなら、そろそろ隠居のし時だ――!!
[指に力が籠る。
照準ぎりぎりで、銃爪を弾く。]
[―――銃身は、光を放たない。*]
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