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― 一等車両 ―
[そこに見つけるのは、殺されてほどないだろう写真屋の男の亡骸。
獣はその亡骸を前足で押さえると、その腕に牙をたて、ばきりばきりと肩からその腕をへし折り引き千切った。
そしてその腕をそのまま場牙帰途噛み砕き、それが二つに割れて落ちると、今度はアバラの下、腹に食いつき、ぐちゅぐちゅと肉を噛み千切る。
そこに飛ぶのは、血飛沫と肉片。
人がただの肉塊になっていく様子。]
[隣の部屋から、何やら恐ろしい音が聞こえて来ます。
果たしてあれは、こっちまでやって来るのでしょうか?そうなったらおしまいです。
それとも、誰かが都合のいいヒーローが何とかしてくれるのでしょうか?あるいは隣だけで満足し、どこか遠くへいくのでしょうか?
少女は小さく丸まって、荷物入れの中に隠れています。己の身に似た、白い羊を抱きしめながら。]
[そして、あらかたシュテファンの食えそうな部分は食しただろう。
それを追いかけてきたロランやサーシャはどんな顔で眺めていたのか。
だが、獣はそれだけでは飽き足らず、また匂いを嗅ぐ…。
それは、やわらかく、甘くて瑞々しい子どもの香り…。]
[隣の部屋が騒がしいです。
悲鳴や怒号が聞こえてくる気がします。
誰かが昔いっていました。人間が力を合わせれば、人狼だって倒せるのだと。
今聞こえてくるのはうなり声や何かが折れる音、ぐちゃぐちゃりとした粘り気のある不快な水音、悲鳴、うなり声…。
果たしてあれに対し、本当に人間は勝てるのでしょうか。やっぱり人間は、エサに過ぎないのしょうか。ふるふると体育座りで震えながら、少女は耳を澄ませています。]
[獣は今は食うことに集中していた。
そして、そのまま、隣の部屋に移動しようとする。
それは、多少の制止や叫びでは止まらないだろう。
今はまともな声もまるで夢のような高揚感。
おそらくは何かしらの武器を持って攻撃しない限り…人間の部分は、どんどんと獣の本能に埋もれていく。]
― 一等車両 ―
[それが最初から“死んでいた”ことなど、知らない。
辿りつけば、既にその食事は始まっていて、
悲鳴の一つもなかったことがおかしい、と気づけなかった]
――……ッ、
[亡骸が肉塊に、――ただのモノになってゆく。
跳ね上がる血飛沫も吐き気を催すような血臭も、感じているのに遠い。歩みを進めれば、靴底の粘ついた感触、ぴちゃり、跳ねて白に赤の彩がまた、増える。]
何故私を襲わない。
[こぼれた呟きに問う意図はなく。
ただ、その手はコートの下の火器に触れて]
[クローゼットの中には、新鮮な少女が震えながら潜んでいます。
果たしてそれは、床に横たわっているおねーさんと比べてどちらが美味しそうでしょうか?
少女に出来ることはただ、震えながら待つことだけです。]
ぅわ…
[シュテの部屋で。ツーペアの食事シーンを目の当たりにする。手袋を嵌めた手で口元を覆う。思わず零れた笑みを…眉を潜めて無理矢理押し隠す]
ジョーカーが見ていたら、何て言っただろうね。
本能のまま生き急ぐあんたの事…馬鹿だと思うし、そぅ少し羨ましい……とも思うよ。
[くらくらと、人の部分が悲鳴を上げる]
あぁ、気を失いそう……
― 一等車両 ―
[小傷の目立つ金の懐中時計を、無造作に投げ上げては片手で受け止めた。ぱし、という乾いた音が室内に響く。]
形見とか言われたって、顔知らねーし。
遺すんならもっとマシなもん遺せってんだ、ったく。
………
[否、屋敷にはもうこの懐中時計しか残されていないのだろう。殆どが処分されたようだと、部屋付きの使用人が語った。
母親――事故で死んだ継母ではなく、生みの母――の持ち物だというそれは、一度とて止まることなく二十数年もの時を刻み続けている。]
― 一等車両・カチューシャのいる部屋 ―
[そして、カチューシャの匂いを辿り、その部屋に獣は入る。
すぐにクローゼットに寄ると爪をその戸にがりりと立てた。]
ガオオオンッ……グルルルル
[クローゼットを揺らしはじめる。
それは明らかな目的のある行為。
少女を襲うという……。]
………何だ?
[はるか遠く、女性の悲鳴。また誰かが死んだのか。
次いで聞こえた獣の咆哮には、扉の向こうを透かし見るように瞳を細め眉根を寄せる。寝台から半身を起こした。]
あーあ。やっぱな…。
案内人一人を喰らっただけであいつらが満足するわきゃない、か。
[近くの廊下に人の集まる気配。
恐怖に慄いたような、悲痛な叫び。
部屋の扉を背に、喧騒の方向へとゆっくりと歩を進めて行く]
――……本能のまま食らっている最中。
声は聞こえていても理解にはほど遠い。
愚かと言われようが、仕方ないこと。
そう、老人の村とはいえど、仲間と二人で、一日もたたないうちに人間らをほろぼし、数日食らっていた。それは事実…。
っ…。
[目尻に涙を浮かべ、ふるふると。
もしかしたら、昔のことを思い出しているのかも知れません。
まだ、誰も彼もが生きていて。
しあわせで。
そんな、おとぎばなしのようなむかしむかしの話を。
まるで、走馬燈のように。]
[ちょうど、クローゼットの扉が破れた時だった。
カチューシャの鳴き声が見えた時、
その行為に、追いかけてきたロランの銃が火を噴く。
轟音とともにそれは客室の壁に刺さるだろう。]
――………グルルル
[明らかな敵意の攻撃に獣は動きを止め、振り返る。]
― 一等車両 ―
[血と肉に、酔ったような唸りと煌々とした紅い眸、
黒い毛並みから“獲物”の体液を滴らせながら、獣が動く。
それは わるいゆめ のように絶望的で]
……ミハイル、ッ…
[押し殺す小さな呟きは掠れる、
それを聞き取れた者がいたかどうかはわからない。
火器は、比較的小さなものだったけれど、それでも柔らかな手に余る。
陶然とその光景を見つめていたサーシャが視界に入れば、黒い瞳は一層悲痛に歪んだけれど。両手に鈍い輝きを手に、彼の後を追う]
[黒い獣がクローゼットを揺らしている、
動きは激しいわけではないのに、狙いは上手く定まらない。
銃の扱いに慣れているわけではないのだ、その中に誰かがいるのだとしたら、]
――……ッ、
[トリガーを弾けば威嚇のような一撃、
細い身体は、反動を受け止めきれずに弾道がぶれた]
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