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前の村で、沢山見てきたの、でしょう?
人同士が疑い合い、殺し合う姿を。
……でも、大丈夫よ。あんたにもうそんな辛いものは見せないから。
[まるで愛を語るかのように、それは耳元に落とされる囁き。
白い白皙の肌を、女は一つ舐めて]
……良い匂い。
あたいね、ずっと……こうしたかったの。
村に帰って来てから、ずっと……ずっと……。
ずっとずっと……食べたくて、食べたくて。
我慢するの、大変だったんだよ?
[くすり、笑う。
その面に浮かぶのは、狂気を孕んだ笑み。
アナスタシアを抱きしめる腕には力が籠り、
骨の折れる鈍い音が部屋に響く]
[痛みから、息も絶え絶えに喘ぐ友人を寝台へ横たわらせると、
女は睦み合うような熱い吐息を付きながら、見下ろして]
あんたの身体も、心も。
あたいがみんな、食べつくしてあげる―――…
[裂いた衣服の下、
白くなだらかな稜線を描くその腹へ、頬を寄せて]
あたいたち……一つになるの。
ふふ、うふふふふ………。
[うっとりと、笑みを浮かべて。
その柔らかな肌へと、鋭い牙を突き立てた]
[女にとっては愛の交歓と謂っても良い食事を終えれば、
夜陰に乗じて窓から姿を消すだろう。
誰もいなくなった部屋には、
物言わぬ姿の女主人が一人、寝台の上黒髪を散らして。
何処か満ち足りた笑みを浮かべて、
喰い散らかされた無残な姿を曝している―――]
―明け方―
[なんともなしに。]
[窓の外を眺める。]
[いや、目は向いているが、見てはいない。]
[濃く漂う霧の匂いに。]
[なにかが、混ざって。]
[ふと。]
[聞き覚えのある誰かと、よく似た声がすぐ傍に、居た。]
――――
[灰の眼を見開いて。]
[なにもないところを振り返る。]
[しばし瞬くのも忘れ。]
[そのまま。]
[やがて上着を羽織ると。家を出た。]
―宿―
[正面から入ると勤勉な従業員の姿が既にあっただろう。]
[が。そんなことはどうでもいいので、目に入っていない。]
[迷わず、ある部屋の前まで辿り着くと。]
[扉を、開けた。]
[驚きはしなかったが。]
[僅かに、顔を顰めた。]
[中を覗き込んだ従業員が奇声をあげるなり倒れるなりしたようだったが、どうでもいい。]
[静かに歩み寄ると。]
[事切れたアナスタシアの。]
[浮かべた、笑みを、じっと見つめ。]
[振り返り、部屋を出た。]
―食堂―
[そのうちに。警察なり役場の人間なりが、来るだろう。]
[適当な席に着くと。]
[手近にあった紙に、なにかを書きだす。]
[いや、書くというよりは。]
[なにかを、聞き取るような、動作。]
……ここに。
[そう云って、来た人間に渡したのは。]
[ここではないどこかの住所と、ここにいない誰かの名前。]
埋めてやってくれ。
[相手がどんな顔をしたか。それもまた、どうでもいい。]
[眩暈がした。]
[珍しく、付き合ったものだから。]
[どうやら、疲れたらしい。]
……はぁ。
[軽く、頭をおさえながら。]
[ソファまで移動すると。]
[そのまま、横になった。]
**
―自室→アナスタシアの部屋―
[誰かがあげた奇声に作業を止めて、部屋を出る。
さて、状況はどうなっていたのか、アナスタシアの部屋の前。
止めるまもなく扉を開く]
…アナスタシアさん?
[彼女の目には詳細は映らず、ただ赤と黒の色彩が飛び込んでくる。
ただ一カ所そこだけきれいなままの白いかんばせ]
…おやすみなさい。
[人狼がいることだけは、彼女は疑ってはいなかったから、この村にも確かにいたのだとストンと納得する。
先ほど仕上がったばかりで、おもわず握りしめてきたそれをアナスタシアの顔にそっとかける]
[一部は彼女の血に染まる]
ごめんなさい、真っ白なものの方がいいのでしょうけれど。
[未だ彼女がそこにいるかのように語りかける。
アナスタシアの顔を覆うのは暖かな土色の縁取り、緑の葉を茂らせた枝を左上にあしらい、右下には一輪の朱色の花の春の意匠のリネン]
受け取ってほしかったな。
[それは、彼女のために用意したものだった。
なぜと問われたなら曖昧に返しておいただろうけれど。
それほど接点があったわけではないが、どこか寂しげな彼女の印象が、頭を離れない。
――もたらされた死を悼む]
[死者のために、自分にできることがあるとは思わない。
積極的に騒ぎに加わろうとも思わない。
ただ、なにも知らずにいることはいやだった。
もしもミハイルが起きてきたなら、アナスタシアの思い出話でも問いかけたかもしれない]
[友人の血肉に胎の中の赤子が喜ぶのが判る。
そっと、下腹を撫ぜて。謳うは子守唄]
ねむれ、ねむれ……ははのみむねで
ねむれ、ねむれ……血肉を喰らって骨までしゃぶりつくして
……ふふふ。
あたいの可愛い子。ナースチャがそんなにお気に召したのかい?
さあ、今日は誰をお前のために喰らおうか。
誰が良いと、思う……?
[愛しげにさすりながら、
女は今日の獲物――<<ナタリー>>について考える]
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