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[こほん、と咳払いを一つ。動揺なんてしてませんよ、ええ。]
……ちょっと手が空いてたら、娯楽室の片付け手伝ってくれないかね。
何故か、あそこだけ局地的大地震か台風に襲われたみたいで、えらい事になってるんだわ…
[指で、くいっと娯楽室の方向を示す]
素直に、か。
そうだね、断るにしても受け入れるにしても、素直にならないと先には進まないよね。
[なんだか落とされた気がする。
本を拾い上げた。
あのね葛城さんこれって双海さんの本なんだ、と言う視線で見た。]
おはよう、葛城さん。
娯楽室、散らかってるんだ。
後で片付けに行こうかなぁ。
(娯楽室、ねぇ……)
[わざわざ城を名指しってことは、杏ちゃん絡みだろうか。
正直、城と二人にすると、杏ちゃんの精神衛生がまた悪化する気はするが、どうなんだろう]
(……まあ、でも)
[杏ちゃんは、普通に押しても引きそうだから。
デリカシーの欠片もない城の突撃もまあ、あり、なのかもしれない。
杏ちゃんも、このままじゃあ、ここを出られない]
(……仕方ない、か)
[……今回ばかりは、傍観することにした。
杏ちゃんになにかあったら、腹を切って、鈴ちゃんに詫びよう。勿論、城を刺したあとで]
[というか城の場合、自分の心に素直すぎてダメな気もしたが、黙っておいた]
…………。
[手持ち無沙汰なので、都が食事する様子を眺めておく]
[そもそも双海が本当は誰を好きかなんてわからない。
好きな気持ちがわからないと言っていたのだから素直になると言うこと自体がどうすればいいのかわからないのかもしれない。
でも、好きな気持ちがどういうものなのか教えられるほど言葉に出来るはずもない。
では自分は双海のために何が出来るのだろう。
城をけしかけることではない気がした。
一度彼は言葉を告げている。
誰か好きなのか聞いたこともあった。
わからない気持ちは、何か切欠がないとやっぱりわからないままではないのだろうか。
本を手に立ち上がる。]
[食堂をでる。エントランスから上に向かおうとして、娯楽室の物音に気付いた。]
なんだろ。
[中を覗く。
酷い状態だった。
動く頭を見つけて、それが双海だと言うことを知る。]
双海さん…。
これ、本。返しておくね。
先輩が何を言いたかったのかわからないけど。
[言い留まって、それから]
自分の気持ちを素直に、伝えあえることは、大事だと思う。
素直って何なのかわからないけど。
[城の言葉を引用した。背中を押せたのだろうか。]
…。
[ごうんごうん、と洗濯機の音。]
…。
[「特別」になりたい…か。]
…。
[ああいう言葉が出たのには、
少し、自分で、驚いた。]
…。
[昔のことだ。
疑問を抱くことなく、特別な何かになりたい、特別な何かになれる、と思っていたことがある。]
…。
[自分が特別だというのは、気持ちのいいことだ。]
…。
[当然、注目されたいし、称賛されたい。
「特別だ」と、思われたい。]
…。
[…だから。周りと、身長で競ったし、フットボールの上手さで競ったし、誰が早く恋人ができるかとか、俺のじじいは日本人だったとか、何を、俺は貴族の血を引いてる、とか、俺なんて親父がミュージシャンだぞ、とか、そんなことだってアピールし合った。]
…。
[「特別」になるために。]
…。
[まだ、スペインに住んでいた頃の話。]
…。
[日本に来たのは。
有り体に言えば、貧乏だったからだった。]
…。
[父は雇われ料理人の仕事、母は観光客相手の仕事をしていたが、働けど働けど、という感じだった。]
…。
[どうやら、二人は、俺にいい教育を受けさせたいらしかった。いいボールと靴、そして自転車も買い与えたいらしかった。]
…。
[ついでに、自分たちももっといい暮らしがしたいらしかった。二人の夢は自分たちで店を持つことだった。]
…。
[だから、日本へ来た。
当時の日本は試験的に移民受け入れの条件を緩和し、教育や就職などの面で支援を行っていた。]
…。
[俺たち家族は、日本人になった。]
…。
[元々、母は日本人とのハーフだったと聞いていた。祖父が日本人らしいのだが、詳しくは知らない。]
…。
[日本で親類に会ったこともない。]
やあ、ミヤコ。
ミヤコもお茶飲む?
[向かいに座った葛城に熱いお茶を差し出す]
……娯楽室が?
オッケイ、おやすい御用だよ。
じゃあ、そのお茶を飲み終わったら行こうか。
[立ち上がる碓氷に手を振り、お茶ずずず]
…。
[ただ、母は日本語を話すことができた。]
…。
[日本人になるにあたって、そういうことは、有利に働いたかもしれないし、その後日本に適応するにも、有利に働いただろう。母がいれば、日本人とのコミュニケーションに大きな不自由はなかった。]
…。
[自分自身も、日本語にはそこまで苦労しなかった。父は違ったが、それでも他の移民たちに比べれば早く適応した方だっただろう。]
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