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[再び、列車は静かに走り出す。
その行き先は、告げられぬまま]
……きみは、きみたちは、
まだ、生きているんだね。
[自分の他に列車に残った2人に向けて、カロラは穏やかに口を開く。
ならばここにいるべきではないと――視線をサウザンクロスのはるかはるか先へ向けて]
このまま列車に乗り続けていけば、ぐるりとめぐって、元の世界に戻れるだろう。
その先の道がどこに繋がっているかは分からないけれど、そこにレールはないから、どんな未来でも君たちの前には広がっているんだ。
しあわせのかたちは人それぞれで、その人にしかわからないものだから。
君たちは生きて、どうか君たちだけのしあわせを見つけて。
[僕はその先に、行くことは出来ないから――。
言外に告げて、寂しげに、笑みを浮かべる]
[ふと見ると、水面に泣いている女の子が映っていて
───“マイ”だ]
ねえ…どうして、泣いてるの…?
[触れようと手を伸ばしたけど、届くはずもなくて]
…私のことなんて…っ、早く忘れてよ…
[いつの間にか溢れていた涙
懇願するように叫んだ]
[死んだことは、悲しくないって言ったけど
君を悲しませるならば、生きて再び君の側に、なんて
思うことなんて許されないのに]
ああ、ごらん。
石炭袋だ。
[サウザンクロスの足元に、ぽっかりと浮かんだ孔を示す。
しろく輝く川の中に穿たれたまっくらな孔は、深く、深く。その奥になにがあるのかは、いくら目を凝らしても見ることが出来ないだろう]
……残念だけれど、僕は君たちと一緒に行くことはできない。
ここで、さようならだ。
[その言葉と共に、石炭袋の傍らで列車は止まった]
……ミナ。
あの時、言いかけた言葉に答えるよ。
川に飛び込んだ時、たぶん僕は最初から、助かろうという気持ちはなかったんだ。
だからあの濁流の中で、妹を捕まえられたのだと思う。
それにもしかしたら……。
心のどこかで、母さんに会いたいという気持ちがあったのかもしれない。
きっとこれは、妹を理由にした自殺みたいなものだから、僕はみんなを不幸にしてしまったし、妹に、罪悪感を与えてしまった。
それは、僕の罪だ。
だから、天上に行くことは出来ないのだと思う。
[静かに、駅もない石炭袋の近くで列車は停まり――
カロラ1人をおろして、扉が閉まる]
『しあわせのかたちは人それぞれで、その人にしかわからないものだから。
君たちは生きて、どうか君たちだけのしあわせを見つけて』
[いのちある者たちに、その願いを残して――**]
ずっと、一緒だねー。
[もし次に産まれてくる時には、二つの命として、揃って産まれてきたい。
そんな思いを胸に猫を抱きしめる。
『ママ』と『お母さん』二人に伝えることができなかった気持ちを、一番知っているのは、このぬいぐるみだから。]
さっ!いこーね。
[星屑の道はあまりにも眩しくて。
キラキラと白く輝くその姿は、落ちてはいけないと注意されていたあの白線のよう。
だけれども、否。だからこそ。
一歩一歩、安心して足を踏み出す。
白線の上を歩く限り、道に迷うことはないとわかっているから。]
[――夢を、見ていたような気がする]
……。
[目を開けると、白い天井と、“あいつ”の顔があった]
「……ウル。」
[顔を真っ赤にして、ぽろぽろと涙を零しながらこちらの名前を呼ぶ。
―――ああ、またそんな顔をして]
……泣くなよ、って痛てっ!?
「ばか! ばかばかばかっ!!ばかぁ!!」
[手を差し出そうとすると、
ぽかぽかと顔を真っ赤にしてこちらに殴りかかってくる。
いつもなら大したことはないんだが、流石に起き抜けにこれは痛い。
近くにいた看護婦が慌ててあいだに入ってくれた…看護婦?]
……。
(……ああ、そうか)
[思い出した。
どうして自分が、ここにいるのか]
……ユイ。
[両手で顔を覆って泣きじゃくる彼女の名前を呼ぶと、
再度手を差しのべる。
なんとか肩に手が届いたので、そのままこちらへと引き寄せた]
…わりぃ、ただいま。
[ぽん、と落ち着かせるように頭を撫でたあと、彼女の耳許で囁く。
嗚咽が治まるのを待ちながら背中を撫でていると、
やがてごしごしと手の甲で目元を擦ってからこちらに顔を向けた]
[赤くなった目に大粒の涙をためてはいるけれど、まっすぐに“俺”を見上げて]
「…おかえりなさい」
[少しむすっとした、それでいて嬉しそうな、
泣き顔とも笑顔ともつかない表情でそう、返事を返してきた*]
ー姉を見送ってー
・・・これで、よかった・・・
[鼓動を感じなくなった胸元。
ポケットごしにボタンを握りしめ、言い聞かせるように呟く。]
・・・さよなら、おねえちゃん。
[ウルに言ったように、“またね”とは言えなかった。
強い絆で結ばれた、双子の姉妹。
“またね”があれば、再び姉の中に戻ってしまうかもしれない。
今度こそ、姉を“殺して”しまうかもしれない。
だから、もう会えない。
今は、“さよなら”で、いい。]*
─いつかの、夏祭りの日─
[遠くから、祭囃子の音が聞こえる。
川縁には縁日の屋台が並び、色とりどりの飴玉や駄菓子、それに、お面やビーズ飾りや銀弾鉄砲といったものが電灯のあかりを受けて、まるで宝石箱のようにきらきらと輝いていた。
その喧噪から離れた川下の岸部に、一組の親子の姿があった。幼い男の子と、その手を引く若い母親。
彼女のもう一方の手には、白い山梔子(くちなし)の花があった]
「ママ、今年も川にお祈りするの?」
「ええ。ここにはね、ママが子供の頃に助けてくれた、ママの大切な人が眠っているのよ」
「ここに?」
「……そう。ずっとずっと、ここにいるの」
[もう、どのくらい昔のことになるか。
増水した川に転落した妹を助けた兄は流され、その遺体も遺留品も、未だ、その一部すら見つかっていない。
母親が山梔子の花を川面に置くと、ゆるゆると滑るようにして花が流れ、やがて水に飲まれて見えなくなる。
あの日とは違う穏やかな川面に、空を流れる白く大きな川を映して。
――山梔子。
その花言葉は『私はとても幸せです』**]
[どれくらい時間が経ったのかわからない
未だ止まらない“マイ”と私の涙
もしかして私は、マイに「忘れてほしくない」って思ってる?
そんな願いなんて、まるで悪魔みたい。“マイ”を縛りつけちゃいけない
でも、泣き止むことのないマイを見て、ふっ、と降りてきた、こと
──もしかして彼女も、私のことを忘れたくないって思ってる?
思い上がりかもしれない、都合の良いことを考えているだけかもしれない
でも、もしそうなら
マイも、私のことを大切に思ってくれていたんだ───]
…あは…っ
[「しあわせ」というものは、見えないけれど、本当はすぐ側にあって]
[ごしごし涙を拭って、私は思う
マイ、テツヤくん
私のことを背負わせてごめんね
泣いて泣いて泣いても、きっといつかは晴れる日がくるから
だからそれまで、私はこの星空の上でずっと見守っているから
二人が幸せになれることを願っているから
そのときは、ときどき私のことも思い出して、笑ってほしいな
ああ、もし転生なんてものがあるなら、マイとテツヤくんの子どもに生まれるのも良いなあ…
なーんて、ね!]
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