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[胸一杯に煙を吸い込んで、細く吐き出す。
一日一本までと決めた煙草が、減っていく。
煙草がなくなるのと、世界が滅亡するのと、
どちらが早いのか楽しむ余裕すらあった。]
……はぁ。美味しくはないですね。
別の種類なら味も違うんでしょうか。
[煙をくゆらせながら、思い出す。
遠い、今はもうない故郷の冬。
医者になりたいと言った自分を応援してくれた家族。
幼くも明るかった友人達。
感謝しきれないほどにお世話になった恩師に先輩。
歩くのでさえ大変だった広い広い病院。
最後の研修、擬人が収容された精神科。
にわかに異常を来した擬人から別の擬人を庇い、
その病院で左足に手術を施されたこと。
この街に配属された当初の落ち込み。
荒っぽくも優しく、気っぷの良い住民達。
その人達が減って、いなくなって、失ってから気付いたこと。]
[皆が好きだ、などとは恥ずかしくて言えないけれど。
良い街で、良い最後で、
間違いもしたけれど。]
――うまく、走れたかな。
[静かな空間に、独りごちた。*]
[気付け代わりの衝撃>>16に、蜃気楼みたいにゆらゆら揺れる意識をせめて留めるだけでもと、呼吸を繰り返す。
風に揺れる黒髪がリュミエールだとさえまだ気づけなくて、また何か起きるのだろうか、巻き込んでしまうのだろうかと心が騒ぐ]
ん……。
なにか、あったら。置いていって…。
[無力さに、対抗するでもなく誤魔化して過ごしてきたこれまでのことが走馬灯のように思い出される。
――いつだって、私は手を伸ばすのが遅くて。
気づいた時には、何も出来ないほどに手遅れで。
慣れきった諦めに沈みそうになって、暗い思いを振り払う。出来ることをやろうと、決めたばかりなのだから。
弱った身体を奮い立たせ、ろくろく見えない目をこすりながら聞こえてきた声に耳を澄ませて、ほっと息をついた]
ぁ……リュミエール、さん。
帰って、これたん…ですね。
[動けずにへたりこんで、そちらへ向かうフラットの姿を見送る]
[息を整えてから、少し二人の方へ近づく。
右腕はほとんど動かなくて、左手で上体を支えて身を起こし、途切れ途切れに聞こえる二人の会話を聞いた]
心が砕けた、人。
集積体に心を奪われてしまった、人。
――……!
[ジムゾンさん、と小さな声で呟く。
集積体を否定した途端、変わり果てた姿。
彼に最後に残された信仰は、あの虹色の狂気だったのかと。そして、自分がそれを引き出す切っ掛けになってしまったという事実に目の前が真っ暗になった]
どうして、アレは――。
人を、海を、なにもかもを。
壊してしまう、の。
[答えられる者は、地球上にはない。
あまりの衝撃に俯いてしまって、フラットとリュミエールの会話への反応が鈍る]
ま、待って…フラット、さ……!
[人の姿をした人ならざるもの。
異形と化した、かつて人であったもの。
どこで分けられ、どこで道を違えなければいけないのだろう?
――「精神」。それは、何に宿るものなんだろう?
難しいことなど分からなくて。ただ、見たものだけを感じる]
待って……リュミエールさん、は。
っ……みんなのこと、助けてくれて。
きっと…嘘じゃないです。
[立ち上がって駆け寄ろうとして、力なく浜辺に落ちる]
[思わず眩い光を直視した目は、しばらくまともに機能せず。
どういうことだか分からなくて、震える手を伸ばす。
いつだって、伸ばすのが遅くて。今度も――と嫌な考えがよぎって]
ぅ……フラットさん! リュミエールさん!?
は、……ゃだ。こんな事、やだ……!
[ほとんど這いつくばるように、左手で動かない身体を引きずって傍へと向かう。
青ざめ冷えた身体の中で、触手に苛まれた傷だけが熱を以て意識をこの場に留めていた]
ぁ――。
[荷電粒子砲に薙ぎ払われた触手と、撃たれたリュミエール。治療しようとするフラットをようやくぼやけた目で捉える。言葉が出なくて、二人を心配そうに見つめるしか出来なかった]
[リュミエールの微笑みは以前と変わらず、ただ状況だけがまるで違っていた。よくよく目をこらせば、不思議な黒い球体が海の向こうに浮いているのが見えて。
ろくろく手伝いが出来るわけでもないけれど、てきぱきと治療を行うフラットに寄り添い、ただ胸の前で手を組んで祈る。手当が終わる頃、再び飛翔することを知って、止めることは出来ないと思った]
……また、行ってしまうんですね。
こんな、こんな風になって。
何もかも変わってしまって。
けれど、大切にしたいものがあるから、立ち向かったり、生き続ける人たちもいて。
[こんな状況でも自棄に走らず医療に従事していたフラットや、誰かのために動き続けるリュミエールの姿は、自分にとって紛れもなく人だと思う]
私。いまさら遅いかもしれないけれど……。
そんなふうになりたいって、思うんです。
[かすれた呟きは風に乗って海の向こうへ運ばれていく。
父にも、兄にも、虹に囚われた神父にも伸ばした手が届くことはなかったけれど。残されている限り、歩き続けていきたい]
―海辺・飛翔を見送って―
[飛び立つ姿を、天使のようだと思った。
いつからか和らいだ小春日和の陽光は柔らかく、七色の海と世界とを包んでいる]
……もう。
本当は、そんなこと思っていないんでしょう?
それとも、私が勝手に思ってるだけ、かしら。
[フラットの言葉>>59にちょっと眉を下げて微笑んだ。
彼の思いをすべて推しはかれている訳ではないけれど、わだかまりに強張って身動きが取れなくなる人ではないと、そう思っていたから]
――いってらっしゃい、リュミエールさん。
[やっぱり再会を願えはしなかったけれど、以前より自然に、そう口にしていた]
―数日後・街の中心部―
[あの後しばらく寝付いて起き上がれない有り様だったが、ようやく熱も引き、少しずつ歩き回れるようになった。
杖にすがるように、一歩一歩。
背や胴、手足には虹に侵された痕が痛々しく残り、動く度に痛むけれど。
一日一日、滅びへと向かう中、少しでも大切なものを見失いたくなかったから、身体に鞭打って歩き続ける。
時折急激に変動する気候や汚染のために、死に近い眠りについた者もいる。
とうとう一人で守っていた家を離れ、街の中心に寄り添って過すようになり。失う痛みと、大切なものと共にある喜びとを味わいながら生きている]
[近頃は深く眠れなくて、浅く長い眠りでなかなか起きられなくなりつつある。
けれど、悪い夢は見なくなった。ただただ優しい思い出に浸って、穏やかな眠りの世界。
いずれ覚めなくなるのが早いか、世界が滅びるのが早いか。
それは分からないけれど、少しでも胸を張って皆に会えるように、歩みを止めずにいたいと思う。
診療所のそばへ時間をかけて歩いていけば、煙をくゆらせた青年の姿が見えた]
――フラットさん。
お疲れさまです。
ちょっと、差し入れを。
[大した材料が手に入らないが、料理をしてお裾分けをするようになった。少しずつ食べてくれる人が減っていくのが寂しかったけれど、一人一人顔を合わせて言葉を交わすと心が安らいだ]
今日はカレーです。
カレーなら何入ってても何とかなるかな、なんて。
あ、味見はしましたよ!
[給食のカレーがどうだったとか、昔の話を少ししたあと]
……ゆるゆる、過ぎていっちゃいますね。時間。
[フラットの顔を見ると、元気な顔をしてばかりもいられなくて。
しんみりと弱音を吐いて、煙が消えていく様を見つめた。そう遠くないうちに、誰かを弔う煙が上がるだろうかと思いながら*]
[少女がやってきたときには、既に煙草は燃えかすとなっていた。
灰皿として使っているピルケースの缶を出し、火を消して収納する。]
いらっしゃい。
痛み止めはまだありますか?
……ええ、なら引き続きそれを使って下さい。
[少女は診療所によく顔を見せる。
傷は残ってしまったけれど、それを表情には出さない。
つらくないはずはないのに。
カレーの器を受け取る際に見てしまった、痛ましい傷跡。]
カレー……ですか。
あの、これ……色が。…………いえ。
[困ったように笑った。
この少女も、笑えなくなったわけではない。
寧ろ、穏やかな顔になった。そう感じていた。]
[僕を見て、死を思い出さないことは無理でしょう。
彼女はやってくる度に死者を思い出し、
失った人を、消えていった人を惜しむのでしょう。
他愛もない話をしながら、僕は心の中で彼女に謝ります。
僕が医療者でなければ、もっと気も紛れたかもしれないのにと。]
見ましたか。今度は、桜が咲いていたんですよ。
街の方ではなく、あちらの。
いえ、海でもなくて――
[季節は日ごとに巡る。
何年も過ごしたような錯覚が起きる。]
明日には散ってしまうんでしょうね。
あとで見に行きますか。
夜桜が拝めたらいいんですが……どうでしょう。
[ささやかな変化を楽しみたい。
すべてをなかったことにはできないのだから。
最後まで自分は医者であって、
人間としてはそれくらいの幸せを求めるので充分だ。
などと考えながらも端末を気にしてしまうのは、
若すぎる職業病なのかもしれない。*]
はい。まだ、二、三日は持ちそうです。
そういえば。お隣のおじいちゃん、薬使えば使うほど効くと思ってるみたいで、飲まないで人にあげちゃうんです。どうしたらいいかしら……。
[それから、頬を赤らめて「お腹の調子と味は大丈夫ですよ!」と付け足した。
杖にもたせかかって、穏やかに対面する]
[診療所も街も生と死に近くて、何かにつけて想わずにはいられない。
医療者として、そういったものに触れ続けるのはどんな感じなんだろう。
死ばかりを考えて足を止めてはいけないと分かってはいるけれど。
フラットをじっと見つめながら、他愛ない会話を噛み締める]
へぇ、桜ですかっ?
向こうの方は、最近あんまり行けてなくて。
[くるくると、気づけば巡っていく時間]
季節感があやふやになっちゃってたけど。
なんだか、懐かしくていいなぁ。
[桜が咲いて散り、葉が芽吹き、やがて散っては雪が降る。最早どこまで続くか分からないけれど、そうした流れを思い浮かべて目を細める]
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