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−シュテファンの個室前−
[ダニールが扉を開けた途端、血の臭いが鼻についた。
けれど、彼は、部屋を間違えたというー。>>22
背中ごしに覗き込むと、血を流し横たわっていたのは。]
あぁ、シュテファンさん…。
[彼が食堂車を出ていったのはつい先ほどのことだったのに。
きっと彼もまた温かいのだろう。
口元を手で覆いつつ、もう一方の手で、 ダニールの背に触れた。
その手は小刻みに震えていて、恐怖のためか寒さのためかひんやりとしていた。
胸元に深々と突き立てられているナイフ。
シャノアールの死体に刺さっていたものと同じだということは、
彼女もまた気づかなかった。]
― どこかの個室(おそらくは二等車両 ―
>>27
[獣は唸り声をあげる。
大きいが、確かに獣である足は、ゆっくりとロランのほうに歩み寄る。
人の姿でもラビの首を片手でへし折ったその力は、人狼化すればその倍にもなっただろう。
だが、もちろん、不死身なわけではない。
シャノアールが言ったように……攻撃されれば、普通に傷つき、死ぬ存在。
同時にそれは小さいといえども、火器は最大の武器でもある。]
誰がこんな…?
[行動を共にしているダニールも答えようがない問いを口にする。
もしかしたら人狼の仕業だと聞かされるかもしれないが。]
あ…他の人にも知らせないと…。
[そう口にしたものの、すぐには体は動かなかった*]
[しかし、それでも相手は柔肌のか細い女。
それがわかっていたのに、
獣はその前まで歩み寄ったあと、ロランの細い身体に軽くぶつかると、横に押し退けた。
おそらく彼女には絶体絶命な気がしたかもしれないが…。]
グルルルル……
[そして、ロランを押し退けた獣は、そのまま、二等車両の廊下に出ると、]
――…… !!
[明らかに獣がいるという遠吠えをした。
それはきっと、人狼事件を経験したものには、その恐怖を呼び起こさせるのに十分な声だっただろう。]
[その獣は遠吠えのあと、ピタリ止まると、何かを探すように……。
そして、その匂いが前方から、一等車両あたりから流れてくるのを感じ取れば、そちらに駆け出していく…。]
ガルルルルル……
[まずは、食堂車にその姿を見せた。]
[びくり。
聞こえてくるうなり声に、かつての記憶がよみがえります。
そして知らず、体がふるふると震えだしました。
落ち着け、落ち着けと、荷物入れの中にその小さな身体を押し込め、隠れようとします。
おとうさんも、おかあさんも、おにいさんも、おねえさんも、みんな人狼に殺されてしまいました。次こそは、少女の番なのでしょうか?]
― 食堂車 ―
[そこには誰がいただろうか。
やはり一番に目についたのは、ただ、亡と座るサーシャだっただろう。
その横を黒光りする獣が歩いていく。
おそらく、イヴァンの死体のところにまず向かうと、その匂いを嗅ぐ…。
だが、毒にやられたものとわかったのか、顔を背けた。
そして、新たな血の匂いはどこだとサーシャに近づいていく…。
その左手首から、新鮮な鉄の匂いを感じたのかもしれない。]
[獣が――ミハイルが近づいてくる、
彼自身が言葉を発さなくとも、こちらの言葉は通じているものと思って。ただ問いの返答を待つように、火器に触れる手は動かぬまま、ただその爪と牙と、紅い眸を注視していた]
――……ッ、あ
[けれど、その凶器は動かない。
扉を塞ごうとする体が弾かれれば、ただ退けられただけで、体には痛みも熱も何も伝わってはこなかった。慌てて戸口を振り返れば、存在を知らしめるような遠吠え]
ミハイル……!
[人の集まるほうに駆け出していく、その後を追う。]
[――喰わせたくない。
思いは酷く独善的で自己満足だ。
人も獣も、食わなければ生きられないだろうに。]
“でも喰いたいと思ったらどうするんだ?”
その問いに苦痛を見出したのは、思い込みか願望だろうか
わからないけれど、そう感じたのなら、思ったのなら]
……ああ、
止めれば、いいのか。
―食堂車―
[息を切らせて食堂車にたどり着く、
その場は獣の来襲にどのような状態だっただろう、サーシャへと近寄る姿に駆ける。とりあえず止めなければと咄嗟に取った行動は――]
やめて…!
[獣の腕に掴みかかること、
先ほどのように簡単に弾かれるだろうことは頭になくて]
― 食堂車 ―
[サーシャの様子はどうだったろうか。
左手首ににじむ血の匂いに、獣はだらだらと涎を流す。
そのとき、声をあげてその前脚を掴んでくるロランに気がつくだろう。
避けるまでもなく、黒い毛皮に白く細い指が埋もれるが、その脚はビクともしない。]
ウルセェ……。
ウルセェ……。
[獣とも人とも区別のつかない、空気交じりの引く声がその喉から漏れる。]
―食堂車―
[柔い掌が、針のような毛を掴めばそれだけで痛みが走った。
力を込めて引っ張っても、痛いだけでどうにもならない、少し掌は傷ついたかもしれなかった]
――……、……
[声のようなものが聞こえれば、
咄嗟に名前を呼びそうになって押し黙る。
皆にも彼だと気づかれるのは、時間の問題だと思ったけれど]
……君の獲物は私ではないのか。
[小さく低く囁けば、鼓膜を揺るがす咆哮。
思わず、腕は離れて身を竦める]
[威嚇すると、ロランの手が離れる。
その手が少し切れたのか、血の匂い。
獲物は私ではないか、というロランにちらと視線は向けただろう。
だが、首を振ると、サーシャからも離れ、また前車両のほうに脚を進め始めた。
そう、そこにある、シュテファンの遺体。
それが今食うのに一番最適な、
死んだばかりの新鮮な肉。]
クワセロ……。
[不気味な声をあげて、獣はそちらに向かっていく。**]
[元来、別の狼に仕えるべき狂人の悩みなど。
初めて出来た、人間の友人に心惹かれる悩みなど。
──狼の咆哮は、瞬時にかき消した。はずだった。]
狼様っ!?
[はじかれたように顔を上げる。同時に駆けだしていいはずの体は何故か動かない。
一瞬の逡巡。その間に、獣は食堂車へと姿を見せる。]
ぁ……あ……あ……!!
[……今度こそ吹き飛んだ躊躇。自然に、椅子を降り跪く形になる。
なんと気高い姿だろう。なんと美しい姿だろう。なんと恐ろしい姿だろう。
──逃げ出したくなる本能的な恐怖をねじふせる。そのことにすら、脳が焼き切れそうな昂揚を感じる。]
狼様……。
[褥で囁かれるかのような、うっとりとした声。
その爪で切り裂かれたならば、腹や喉に溜まるどろどろした感情も、ぼんやりとした苛立ちも全てぶちまけられるのだろう。
その牙に貫かれたならば、この迷いも一瞬で砕け散るのだろう。]
狼様……。
[黒くつややかな毛皮に、そっと手のひらを埋める。]
……ぁ
[そうすれば手首の傷に鼻先を近づけられて、胸がちくりと痛んだ。
──狼が村を旅立ったとき、自分でつけた傷。それがこの黒い狼の前では、ひどく恥ずかしいものに思えて。
けれでも彼の鼻先に押しつけるように腕の角度を変える。狼が望むならその通りに。狼のやりやすいように。そんな自然な反応。]
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