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―時は流れて・とある村―
「なんだい牧師さん、それ気に入ったのかい?
良かったら、持ってって下さいよ。どうせ捨てるだけなんだ。
その方が爺さんも喜びますよ」
その日私は、つい先に初めて葬儀を執り行ったモーリッツ老人のご家族を―様子を見ようと訪ねていた。
老人はたくさんの子供や孫に囲まれて、穏やかに神の元へ旅立って行った。
そして今、息子であるその男性は、老人の部屋で遺品の整理をしている所だった。
「え。あ。
―はい。」
思わず私が見入ったのは、古い古い、傷だらけのカメラ。
「それは、―っと、何てったかな、ライ…カ?そうそう、ライカとか爺さん言ってたっけ。
写真好きの間じゃ、結構有名なカメラらしいんですよ。
爺さんは好きだったけど、俺は良くわかんないんだよねぇ。
何でも―昔むかし、どっかの古道具屋の店先で、叩き売られてたスクラップを直したんだとか―」
彼の話の最後の部分は、私の耳には届いていなかった。
何故だか胸が高鳴る。
まるで恋でもしているかのように、頬が紅潮するのを感じる。
私はそっと。
震える指でカメラを持ち上げた。
これまでカメラになど無縁の生活だったのだが。
この指先は、まるでこの重さを、感触を待っていたかのように―。
知らず、安堵の溜息が零れていた。
その様子を見て、男性は「やっぱ牧師さんも男だ。機械いじりが好きなんだねぇ」と、和やかな笑い声を上げている。
否、カメラと無縁とは言えないのかも知れない。
いつからか、―物心がついた頃からか、私は頭の中にアルバムのようなイメージがあるのを感じていた。
そして眠る前や、何か事あるごとにそのイメージを、ページをめくってみるのだった。
そこに収められているのは、茶を淹れる女性の姿。
一見少年にも見える少女と、ひょろりとした青年のじゃれあうような姿。
または精悍な男性が、睦ましげに少女と寄り添い、写っている様子もある。
その他、実際には会った事もない人々の、ポートレイトの数々。
取り分け私が気に入り、何度も見返すのは、夜明け前の寒々とした、それでいて神秘的な、靄に煙る地平線の写真。
その大地は白銀に覆われ、美しいながらも何故か僅かに、胸に疼痛さえもたらすのだった。
「牧師さん、牧師さん。
大丈夫かい、どうかしたの?」
男性の声で、夢から醒めたように私は目を瞬いた。
「あ、いえ、何でもありません。では、お言葉に甘えて。
このカメラ戴いて行きますね。
明日からまた布教のため旅立つので、任地の風景でも撮ってきましょう。」
それを聞いて、男性は眉を潜める。
「また出張かい。あんた、―いや牧師さん、独身だからこき使われるんですよ。
そろそろ身を固めちゃどうなんだい?」
言われて私は微かに苦笑する。
これが私の務めなのだからと。
正直に打ち明けたいけれども、それはできない。
幼い頃から、私は何かに導かれるように神の道へと入り、そして必然のように教会に置かれる「研究機関」と呼ばれる組織へと進んで行ったのだった。
そこでの勤めとは。
人が狼に変じ、集落に害を為す事件。
または魔女と呼ばれる存在の儀式。
その他災いを為す亡霊や、悪魔、吸血鬼。
一言で言えばそれは、人の世に害を為す存在を認め、退魔する組織なのだった。
見習い期間を加えると、正式な教会の仕事よりもそこでの経験の方があると言って良いかも知れない。
明日からもまた、遠い北の地に赴いて、そこの有力者と「共有」関係を結び、狼退治に励まなくてはならない。
私が生まれる以前に、とある女性が創設したという、人狼を専門に駆逐する組織からも応援が来てくれると聞いてはいるのだが。
毎回のことながら、常に命を落とす危険はあるので、―
「妻を娶るなど、―まだまだ若輩者の私には荷が重い事です。」
とだけ言ってはにかんで見せる。
新米牧師に、それはさぞ似合いの表情だったのだろう、男性は少し呆れたように苦笑いして首を振っている。
「でも、いつかは理想の女性に、神が引き合わせて下さると。
そう、信じています。」
それは真実。
しかし、その女性の像は、私が今浮かべている表情とは全く逆の感情を胸に呼び覚ます。
心の中の、アルバムの片隅。
滅多に捲ることのないページに、そのイメージはある。
それは、長い髪の菫色の瞳をした若い女性であったり、何か白いぬいぐるみのような物を抱いた少女だったりと、その時々で印象を変える。
しかしその背後にある、昏い色をした魂は確実に一つー。
微かに甘い感覚を呼び覚ますその面影は。
間違いない、この女性を追うことが、私に負わされた宿命。
そのために、今の私の生はあるのだろうと、そう確信していた。
もし、失敗したら?
その時はまた―…。
「そうだ聞いてください、トーマスさん。
明日乗る列車はねー」
私はそんな昏い思考を打ち切るように話を変えた。
そして男性は、やれやれまた始まった、と言わんばかりに、再び苦笑いしてかぶりをふってみせるのだった。
私はカメラを、ライカを取り上げ、務めの事は一時脇に追いやって、しばし列車から見る風景に思いを馳せてみるのだった。*
[北へと向かい走り続けた列車は、俄かに生の気配に支配される]
[朝日に照らされる凄惨な事件の爪痕と、血に塗れた車内。
ナタリーとサンドラの呼び掛けに応えた者達が、それを目に何を思ったか。死者には量り切れない]
…………ご愁傷様、です。
[あべこべな言葉を呟いて、目を伏せる。
夜目に慣れた中での出来事の全ては、朝の光の中で見ていたい光景では無かった]
[朝を迎えた列車。朝を迎えられなかった自分。
決定的に隔てられた世界に、囚われていた夜が解けるのを感じる]
……もう、ここにいる必要は、ないということかな。
[囚われていた列車という小さな世界。
それを見下ろし、車両の隅に腰掛けた]
[拘束は、生を全う出来なかった事への罰なのか、それとも慈悲なのか]
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