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[いかにも陰陽師、という人物から声をかけられる]
うん?いや・・・・・・
遣いでこの屋敷にやって来たのだが、ここで良かったのかと迷っていた所だ。
して、陰陽の御仁とお見受けしたが、この屋敷の者か?
あぁ。
仰るとおり。
“今は”この屋敷に仕えておりますな。
[首を傾ける薄笑み。翡翠が揺れる。]
遣いの方ですか。
此処は大殿様の屋敷ですが、其方の認識と相違ないですかな?
ならば正しかったようだ。かたじけない。
今は、ということは雇われか。
雇われた意図は・・・某の務めと内容は同じという事かな。
[僅かに目つきが鋭くなる]
…いえ。
此れも私も、道に迷うておるのです。
[恭しく捧げ持つのは、見事な漆塗りの竜笛でした。]
この笛が申すには、紅葉の山へと連れられていった折、
あるじとはぐれ、都へと帰れなくなってしまったと。
対なるもう一つの笛とも、離れ離れになってしまったそうで。
哀れに思いて山より降りてきましたが、都も広うございます。
あるじには未だ行き会えず、こうして迷うておるのです。
それは何より。
[鋭さを帯びた眼にも表情は其の侭で。]
おや。其方も雇われでありましたか。
さぁて、どうでしょうな。
おれが為すのは刀では斬れぬものを祓うことでして。
が、斬れると思うたひとがいたのかもしれませんな。
[謂うと、刀を見て軽く腕を組んだ。]
……務めとはなにを?
道に、迷い?
[まるで笛に魂でもあるかのような物言いに首を傾げる]
京は広く、人も数がおりますゆえ、見つけることは困難でしょうね。
ですが、その笛はわたくしにも見覚えがあるのです。それがどこであったのかまでは憶えていないのですが、それほど昔ではない……。
対となる方を見たもかもしれません。
[この姿で人に会うことなど稀で、だからこそ憶えはなくとも見当がつき]
もしかしたら。
橘の中将様のものかもしれません。
[以前に一度御簾越しであったが声をかけてもらったことがある。慣れない女性の姿に辟易して、こちらから言葉は掛けなかったが、笛を嗜んでいた事も義父の口から聞いた覚えもあり]
ただ、どこに行けばお会いできるのかまでは。
[急速に、空が暗くなって来たようだった。
透明な水滴がぽつりと一つぶ、頭を振ったおとこの額に触れた。探しても、羅生門には生者の気配は無かった。在るのは、おとこと目の前の識。そして──ぬるくあかい匂いと、なつかしき肉のぬかるみを晒す屍骸が在るのみ。
おのれの他におらぬことに気づき、慌てて腐肉のついた指先を法衣で拭う。]
[おとこは、目の前の光の波紋のおごそかさに薄い唇を震わせ、無我の取り出した文を覗き込んだ。
文字を読み取るためには、おとこは息が掛かりそうなほど、無我の傍に寄らなくてはならなかった。とは云え、相手の息がかかるとは到底思えはしなかったのだが、それ故におとこはおのれを息を詰めた。]
…ああ。
悪いね。わたしは、目があまりよくないのだよ。
日の光が強い日などは、眼球の奥がくらくらとゆれるほど。
こうやって近づかなくては、文字が読めない。
な ん──
[おとこの目に、淡く輝いて映るしろい指先が取り出した、筆者の知力をうかがわせる流麗な文字で書かれた文──そこにあったのは、]
たちばな、の。
[その名を心に留めるように、口にしました。]
どのような方なのでしょうね。
この笛のあるじならば…
[白い指がするりと、艶やかな漆塗りの笛を撫でていきます。
その御方が、先だって例の屋敷で行き会った生真面目な役人であるなどとは、狐は思いも寄らなかったのです。]
雨が止んだら、探しに参りましょうか。
そうかも知れん。むしろ、それが陰陽でどうにかなるのかそれとも某のような武士の力が必要なのか分からぬ。
某の務めか。大した物ではないし、笑うな。
人を喰らうものがいる、らしい。
わたくしも、一度目にしただけですから。
ですが、悪い方ではないと、存じております。
ああ、そろそろわたくしは戻りませんと。案内できればよいのですが、出歩くことは許されていないのです。
[舘の方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、其方を向く。女房の一人が、自分を探しているようだった]
然様、分かりませんな。
斬れば終わるか、祓えば終わるか。
怪異はひとにも憑くと申します。
それと知らず闊歩するか、それと知って振舞うかはさておいて。
[続いた言葉には眼を細め]
――人喰いですか。
……ああ、笑いはしませぬよ。
大したものではないと仰るとはご謙遜を。
それはやはり、この屋敷において起こった
ここ数日の奇妙な人死にに端を発するのですかな?
[其処まで謂ってふと気づいたように]
……ああ、このままでは濡れてしまいますかな。
屋根のあるところに行きますか?
[屋敷のほうへ顔を向けた。]
えぇ、手がかりだけでも得られて助かりました。
わざわざそこまで手数をかけさせる訳にもまいりますまい。
[若き姫君に礼を言い、恭しく頭を下げました。
呼ばれる声を耳にし、その名を胸へと留めます。]
ではまた、いずれ。
[一陣の雨風に、舞うは薄紅の櫻の花びら。
はらはらとそれが地面に落ちる頃には、白糸の若者の姿は既に其処にはありませんでした。]
奇妙な人死に・・・否、詳しい話はこちらでと聴いていたもので。成る程、そのような事が起きていたのか。
ならば”人喰い”と称されて某がこちらに出向くのも頷ける。
屋根がある所か。出来れば長旅で疲れている故少し休みたいのだが、案内して貰えるだろうか。
都を守らん 陰陽師の── 識神 とな。
術師はもう居らぬの…か。
[ぼうとした無我のまなこ。
近づけば、目の暗いおとこにもその色を覗くことが出来る。名を尋ねれば、指先が 辰星 無我 と綴った。
おとこは無我の陶器で出来たかの如きゆびさきと、文をしばらく見つめていた。近目とは云え見つめすぎて「痛」と一度、こめかみを押さえた。]
・・奇縁、なるかな。
わたしは、「兄」に呼ばれて都へ戻らされたばかり。
僅かばかりの法力があるならば、怪事に役立つようにと。
わたしは、花山院の者らしい。
[おとこの記憶には無いのだが、かれ自身が兄に宛てた文におのれの成した修行の成果を書き送ったことがあるらしい。
とは云え、おとこを今になって呼び寄せた「兄」の意図は分からぬ。
真名を知られれば、魂を奪われるやも知れぬと云うのに。何故かおとこは無防備にも、目の前の識に「兄」からの文を見せようと懐を探った。]
ああ、雨だ・・・濡れてはいけない。
こちらの梁の下へ おいで──
春の雨は 冬の雨よりも沁みて つめたい。
[羅生門の下には、皮肉なことにおとこが巻いたはずの車が、にわかに降り出した雨の所為で戻って来ていた。
花山院 師輔の使いの男は、半ば自棄になったように、おとこを*呼んでいた*。]
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