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[腕をねじ切る、脚を炙る。もいだ腕を火にくべる。
置き去りにしていた騎乗用の魔物を、
戯れか、挑発か。惨殺した者をロネヴェはいたぶる。
彼女の怒りに呼応するように、また、悲鳴を喜ぶように、黒い炎は膨れあがった。
顎を掴み、口の中へ指を二本差し込む。
口から炎が溢れた。腹を食い破って炎が噴き出した。
やがて、燃え滓だけが地に落ち、風に浚われる。]
[ロネヴェの腕にも、長い、刃で引かれた傷があった。
追われる者とて、無抵抗に逃げ回っていた訳では無い。
憎々しげに、傷をなぞる。
やたらに黒い血が滴る。]
―黒い森―
[黒手袋の端をきゅっと引っ張り、
具合を確かめるように手を緩く握っては開く。
先程の「踊り」で、裂けてしまった手袋の再生である。
もう一方の手袋は口にくわえているため、
滅多に見えぬ白い手があらわになっていた。
そこにちらとのぞく傷痕に視線を落とし、
ウェスペルは忌ま忌ましげに眉を寄せた。]
―――何処にいる……。
[低い呟きが漏れた]
[夜色の魔獣が口中の飛魔の残骸を噛み砕き、血と肉片を振り撒いた。
飛魔の薄いひれと棘の付いた尾が比較的原形を保ったまま、足下に広がる大森林に落下していく。
ザリチェはおぼろに薄い笑いを口の端に留め、喰らった肉を満足げに咀嚼する獣の肌を撫でて降下を命じた。]
[槍を構えるクァルトゥスの馬の前方に、突如、騎馬が現れた。
全身を純白の甲冑に包み、クァルトゥスと同じく身の丈よりも長い槍を構える。外見は20代半ばの青年と云った所か、長い髪も膚も甲冑と同様に抜ける様に白かった。引き攣れた様な傷が両目を覆い、美貌を損ねているのが特徴的だった。目蓋が閉じられてる所為で、その表情は伺い知れなかった。]
[態と親しげな口を利く事で相手が怒りに燃える事を、クァルトゥスは知っていた。
クッと喉奥で嗤う。]
──今日は両目を抉るかわりに、
お前を貫き殺してやる。…私の為に散れ。
[純白の騎士は答えず、おのが馬に鞭をくれ速度を上げる。
それに答える様に4つの目を持つクァルトゥスの愛馬も嘶いた。
互いが武器を構える金属音と騎馬が駆ける音だけが響き──。
結着は一瞬だった。
純白の騎士の槍が回転しながら宙を舞い、森へと墜ちた。主を失った馬だけが前方へ駆けて行き、深紅に甲冑ごと深々と貫かれた騎士だけが、クァルトゥスの元に残った。]
[ロネヴェの指がなぞった後、傷口は口を閉じた。
だがそれは、依然黒い筋として目を引く。
傷は大きいが深くはない。しかしロネヴェにとって問題なのは、負傷の程度よりもその外見。彼女は、そのような姿を見られる事を嫌う。
ロネヴェは森へ。
木々の作る影の中へ。]
―闇深き森、川辺にて―
[―――ザバァ……
顔や躯、脚のあたりが血まみれに染まった青年が、躯に纏わりついた血を洗い流していた。側には、戦った跡なのか――…眼球を失った憐れな悪魔の頭部が転がっていた。]
ふぅ………
あー。そういえば、ずうっと戦闘しなくちゃいけないっていう話でしたねぇ……
ということは……
おちおち眠ることも、お風呂に入ることもできませんねぇ……。
[一糸纏わぬ姿の男は、ぱしゃりと顔に水をかけた。]
[クァルトゥスは馬から降りる事も無く、槍に串刺したままの相手の躯を引寄せた。
薄笑みを浮かべ、折れた肋の間、槍で抉られ無惨に花開いた肉に指を埋め、相手の心臓を抜き取った。見れば純白の騎士は、形の良いくちびるをわずかに薄く開いたままで絶命していた。]
・・・良い顔だ。
…もう可愛がってやれないのが残念だ。
以前の私なら、赤児の手をひねる様にしてお前を殺せたとは、今日は云うまい。
お前の魔力は、心臓ごと私がすべて喰ってやる。
[血が噴き出す心臓を口に運びながら、囁いた言葉がそれだった。再び這い上がって行く過程で、対峙し斃した相手を侮ることはしないらしい。或いは、先の《契約》で肝臓を渡した所為で、ヴイイ伯と銀色の悪魔を喰らってもなお、案外と戦いに余裕が無かったのか。
クァルトゥスは、片手で死者を槍から引抜くと言うよりは、千切って剥がした。男が抱く腕を離すと、破れた悪魔の残骸──胸に槍傷と分かる大きな風穴を開き、千切れたそれ──は、支えを失い仄暗い森へと墜ちて行った。]
――!
[森の住人が騒ぎ出す。
葉を幹を削る、硬質の飛来物。
ウェスペルは素早くも片方の手袋を嵌めなおすと、
地を蹴った。]
[空から草生い茂る大地へと、地続きであるかのように闇の馬は疾走の速度を保ったまま着地した。
草を踏みしめ暫らく走りながら徐々に速度を落とす。
その背の魔は鬣を掴んで振り返り、背後に黒々と横たわる森を眺めた。]
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