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[やがてカインとパースは森の奥へ向かい歩き始めた。
エステルは二人を見送りながら胸に片手をあてる。
鬱蒼とした森の景色に何かを重ね合わせるように、二人の姿が見えなくなるまで見続けていた。]
ふうん……
変わった”手紙”だな。
いや、聞いて悪かった。
[時効だと言い不機嫌そうにするパースに軽く笑って謝って。
手紙の中の”エステル”が、あの娘とイコールかは判らない。
別れ際に横目で見た彼女は、祈りのような姿勢をしていた。
カインにはその意味も判らない。]
……さて。
[道の名残が途絶えたところまでやってきた。
何かが争った跡なのか、木がなぎ倒されて道のあった場所をふさぎ、かつ発育した緑色ではない植物が行く手を阻んでいる。
ギャアァッ、とその障害物の向こうに、鳴き声のようなものが聞こえた。]
越える?迂回する?
って言っても迂回する道も良く判らないけど。
[右肩にはしる鈍い痛み。
逃げなくては。逃げてはいけない。
相反する思いで身動きが取れず、
我に帰ったのは友人の声と足音が聞こえてから]
ランス…!
危ない、来てはいけない!!
[咄嗟にそう叫ぶ。
既に魔物と化してしまったギュルは、
きっと引き離すべきなのだ。
だけどどうしてもそうできなくて]
…………っ。
[友人の手によって、
ギュルは呆気なく剥がされた。
もう、動かない。
人の死は多く見届けてきた。それが仕事だ。
…なれることのない、仕事だ]
ごめん、また。 …君に、迷惑を。
[ぱさりと外套がかけられる。
相手を見上げる視界が影でやや遮られると、
何だか泣きそうな声が零れた]
[その男の瞳が、
静かにゆっくりと見開かれて行く。
友人の広げる翼。
そこにはっきりと混じる赤黒い羽]
ランス。
…ランス。
[何と声をかけていいのか分からない。
呼びかけるそれは、少年のようでもあった]
君のせいじゃない。 …きみの、せいでは。
[相手がこのまま
何処かへ行ってしまいそうな気がして。
何よりそれが不安だった。
血濡れたままの左腕を友人へ差しのべる]
[両手に傘を持って、男は自室を後にする。
これほど間を置かず自室を空けるのはいつぶりのことだろうか、それともなかったことだろうか]
その前に。
[男はペンとインクを取り出し、先の逡巡について克明にメモを入れた。跳ねたインクが手指を汚し、拭われないそれが衣服を汚す]
おれが───
[抜け落ちた羽根を、渡しさえしなければ。
確証はない。
けれどこの羽、この色……。
因果関係がまったくないとは、到底思えなかった。]
……ドワイト。
おれたち、グレイフェザーはな。
魔物にはならない。
……なれないんだ。
[スーさんの頭を撫でながら、スーさんの口から呟かれた言葉>>102を、思いだします。
森へ。パースさんと、カインさんが。
実のところ、あまり森の向こうへは出ていった事が在りません。
幾度か、歌をうたう為に向かいましたが、その時も移動は馬車でした。
何か良くない栄養素を吸っているのでしょうか、ここ数年で森の木々は、何だか嫌な感じに成長している気がします。
別の生き物に変わっている様な、そんな気が。
あんな場所に向かって、大丈夫なのでしょうか。
不安のせいか、吐き出す息が震えました。
すっかり眠ってしまったスーさんの寝顔を、わたしはただ、じっと見ていました。
頬を伝うその涙の意味は、わかりません。
今のわたしにはその意味を問う事すら、できないのですから。
わたしはそっとその涙を指先で拭いました。
ほんのりと暖かいそれは、スーさんがまだ、生きている証です。]
[暫くスーさんの頭を撫でていましたが、わたしはふと思い立ち、そっと立ち上がりました。
埋葬に必要なものを、揃えなくてはなりません。
わたしの家にはたいしたものはありませんが、それでも、幾つかマスターとの思い出の品があったはず。
スーさん一人をこの場所に残していくのも少し悩みましたが、ほんの少しだけならば大丈夫でしょう。
酒場に来る方は良い方ばかりですし、マスターの死もそこまで広まっていない筈です。
わたしはスーさんを起こさないように、慎重に足を運びます。
それから酒場の扉を開くと、程近い家の方に向かって、ゆっくりと歩き始めました。]
……マジで。
勇気あるな、お前。
[パースの返答に多少の驚き、けれど反対はしない。
腰に挿してあった二つの筒を、両手に握る。
短い筒の先に現れた、魔力でできた短い刃。
それを構え、踏みしめた草を蹴る。
ブーツに仕込んだ札は未だ必要ないだろう。
単純な脚力で、倒れた丸太を蹴り越え、その先へ。]
おまえもよく知っているだろう。
おれたちの種族は、長い寿命を持ちながら、実際のところは短命だと。
おれくらいの年齢になる者さえ、せいぜい半数程度だと。
……おれたちはな。
魔物化に、身体が耐えられない筈なんだ。
実際、森で生活を共にしていた仲間は、この赤黒い羽根がほんの数本現れただけで、身体に異常を来し、倒れ、魔物のなる前に死んだ。
だから、死んだグレイフェザーの羽は、皆ここまで痩せていない。
こんな風になるまで生きられるなんて筈は、本当は、ない。
[傘で両手を埋めて、教会へと足を向ける。
元々そう敬虔な方ではなかった。
世界が滅びへと向かって、一時的にヒトは神へと縋った。何ふり構わず祈りを捧げた。
それは純粋な祈りであったはずだった。どうしようもならない事態に対する敬虔な祈り。
けれど――祈りは届くこともなく。
いつしか教会も祈りの場というよりも、身寄りのない人間の頼む場所になってしまった]
[迂回したところで、障害物のない保証はない。
ならば超える。いや、振りかるものを極力避けながら、突っ切る。
目的は森を制圧することではないのだから。]
はっ!
[かけ声一つ、足を走らせる。
カインが丸太を蹴り超えるから、それに習って己も駆けた。
ポケットから取り出したのは、蒼く細長い瓶で、底には魔法陣のようなものが刻まれている。
ぽん、とコルクを抜けば、ばしゃばしゃばしゃと水が無限にわき上がってくる。
きわめて塩分濃度の濃い、海水だ。
不審な動きを見せる植物の片っ端にかけながら駆ける。
果たしてどれほど効果があるのか、分からないが]
[準備良いな、と得体の知れない植物相手に海水を振りまくパースを横目に。
障害物を駆け上り、その向こうを見下ろす。]
っげ。
[そこにいたのは、ずっと昔に聞いた怪鳥と同じ、ギャァという鳴き声を発している、紫のトカゲと虎の中間生物。
そして、その倒すのに苦労しそうなその生き物を捕食中の、千以上の触手を蠢かせる家一軒はある巨大花だった。]
……無理だろこれッ!!
[着地できそうな場所は、敵の花びらの上だけ。
雄しべと雌しべの代わりにある大口と捕食器官のうねりに、頬が引きつった。]
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