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[紺色、縋るような色彩。
……記憶に齟齬をきたす事象が多いのか
それとも、これも世界の終末なのか
彼女の記憶のふたが、緩くなっているのでは?
とも、ふと思いながら、こくりと頷く。]
ああ、行かない。行かないよ。
むしろ、この桜の木の下で
一緒にお花見、しようよ。
一緒に美味しいもの食べて……さ。
[穏やかに笑ってみせる。
安堵させたくて。
ね、と首を傾げれば、髪が揺れて]
そうだね……夢物語の一人でいたかったから
[ポツリ、聞こえた声に目線だけ向けて、そう返す。
叩いた頭の感触は昔のまま。
昔のまま過ぎた……俺と同じ年頃なら
結い上げた髪がぶつかったり、しそうなのにな?]
[ハルに目線を向けたまま、
袖を引っ張られて傾ぎながら声を聞く。
昔、よく使ったジェスチャー一つ。
行儀作法の先生の前や
よく母と衝突する姉をとめる時のように
杖を持った手は押し留めるように動く
”今は、だめ” と、この話を
ハルに聞かれるかもしれないところでするのも
もう一つの意味も]
―ある夏の話―
[海に行きたい、と言ったのは、少女の方だった。
小学4年生の夏休みの、家族の計画]
『ええー、かぁくんは遊園地がいいのー?
遊園地より絶対海だよ!
だって、遊園地なら一年中行けるもん。
海は夏しか行けないよう?
あたしね、25m泳げるようになったんだあ!』
[そう、少女が主張して、夏休みの行楽先は、海になった]
[そして、起こる事故。
海へ向かう途中、少女の家族の乗った車は、事故に巻き込まれる。
お盆休み返上で働いていた大型トラックの運転手による、居眠り運転。
少女の家族を乗せた乗用車は紙くずのようにくちゃくちゃになり、少女が救出された直後、炎上した。
手のつけようがなかったのだと言う。
少女が助け出されたこと自体、運が良かったと]
[あの時、海に行くことにしていなければ]
[少女が、"海に行きたい"と言わなければ]
[奇跡的に大した外傷もなかったはずの少女は、それ以来目覚めない]
[ダハールの言葉に、こっくりと頷く。
行かない、それなら、大丈夫。大丈夫のはずだ]
それなら、いいんだあ。
うん、お花見しよう!
おいしいもの、食べよう!
ミズキちゃんも来れたらよかったねえ。
[けろりと少女は機嫌を直す。
機嫌を直してしまえば、この記憶もそのうちなかったことにされるだろう。
海の話題なんて、出なかった]
えっと、それで、なんだったっけ。
そうだ、ダハールちゃんって、女の子じゃなかったの?
[そういえば、聞き捨てならないことを聞いたのだった。
頭を撫でてくれるダハールの顔を、まじまじと見つめた]
[このまま頷かないまま、
沈黙を否定と取って、口に出さない心配を嫌悪と取って、
いつものように諦めればいいと思った。
けれど星売りは身を引かない。>>97
視線を落とした先で、重ねられる手が包み込まれる。
それを見つめたままふるふると首を振った]
私…… そんなつもりで声を掛けたんじゃない。
[森の中でグレイヘンを助けた時だってそうだった。
あれほど一心に誰かの無事を祈ったのは、
弱くてちいさな身体を自分に重ねていたからだ]
わたしは、ただ……
誰かに、そう言って欲しかっただけ、で………。
[『しなないで』 『ここにいてもいいんだ』
それは自分自身が渇望した言葉、
そんな意味しかきっとなかったのに
彼女は愚かにも、『一緒にいきたい』と言う]
[その懐かしい彼の動作。
何を言わんとしているかわからないわけがない。
私は一度だって忘れたことがないのだから。
夏や海に拒否反応を示すことは勿論知っていた。
当の本人がそれで思いっきりぶつけたことがあるのだから。
無論それを彼女が忘れていることも。
どうしたらいい、どうすればいい
ただ、続く幻想ならば放ってもおいた。
だが、夢は壊れつつある。
方法はないのか? 救う手だてはないのか?
せめて緩やかに壊れることなく消える術は……
それは、夢のセカイの住人たる私だけではでない結論]
ハルの子、ハルの子
ほら、こわいところなんてどこにもないよ。
ここは綺麗な花が咲いて、穏やかな風が吹いて ね?
だから作っておくれ。私の花冠を。
[彼女はミズキ自身が否定するミズキを許す。
ミズキが彼女を嫌いでも、
そしてミズキ自身を嫌いでも、それでもいいと言う。
ばかにしていると、渡り鳥はミズキを責めるように言った。
ああ、ばかにしている。頷こう。
なんて馬鹿なんだろう。
ばか。ばか。ばか。大馬鹿だ]
…――ばか ………っ。
[一言だけを漏らし、唇を噛み締める。]
[機嫌を直した少女は、リヴリアの言葉にもうんうんと笑って頷く]
うん、今日はとってもいい天気だもんねえ。
ミズキちゃんのしゅうかくをいただいて、そしたら花冠、作るねえ。
[だから、冷たい風が頬を撫でるのは、きっと気のせいだ]
[あやすように言葉を重ねながら
私の心にかつての思いが飛来する。
それは“恐怖”そう恐怖だ。
この世で一番哀しいことは
怒られることで悲しまれることでも
嫌われることでも憎まれることでも
死ぬことでもない。
忘れられることだ──
そう、私は思っていたから。
私の記憶には当然残るローザのあの甘い優しげなふわりとした様を思い起こせば、仮面の下で唇を噛みしめる]
[心を決めるにはしばしの時間が必要で、
ふたりの間に長い長い沈黙が落ちた。
いったいどれだけの時間が過ぎたのか、
いまは昼なのか、夜なのか。
綻び始めた世界の中ではもう分からないこと。
そうして、長い長い時間が過ぎた後―――
ようやく覚悟を篭めて、繋いだ手をぎゅっと握り締める。]
分かった。
一緒に…… 『 逝こう 』。
[顔を上げて、放たれた声は酷く震えた]
ミズキは今カスミとお話中、かなー
一緒に、来てくれたらいいのにね、
お話が終わったら
[頷き話題が変わったことに安堵する。
彼女の心は細い綱渡りをしているようなもの。
一歩間違えれば、きっと崩壊する。
まだ、彼女自身が言い出したことが引き金
その事までは知る由がないまま。]
……うん、そうなんだ……
誰も突っ込まないから言わなかったけど。
[まじまじと見られて俺は照れくさそうに笑う。
……弟と同じ性別はセーフ。
忘れらていない様子にそう思う。]
[綺麗なものは、まやかしだ。
この世界は必ず何かが欠けている。
欠けているが故の夢。
満たされない願望から生まれたモノ。
綻ぶ様は、美しいと思った。
褪せた大地も。
荒れる波も。
唸る風も。
枯れた花も。
欠けた太陽も。
千切れた羽根も]
[ダハールの説明に、へええ、と声を上げる。
ミズキもカスミも、お花畑によく来てくれるけれど、一緒にいるところを見たことはなかった]
そうなんだあ。
来てくれたらいいねえ。
……あっ、そうだ!
[思いついて、少女はポケットに手を入れる。
取り出したのは、カスミの売ってくれた星。
ピラフに立てるような小さな旗を、ぷすっとパンに突き刺した]
ピラフに立てたら教えてねって言われたんだけど。
パンでもいいよねえ。
そのなりで男と言われても、誰もピンとはこないだろうさ。
肌のきめ細やかさは星狩りの子といい勝負だろう?
むしろ着飾った方が映えるのではないかい?
なんならボクが結ってあげようか?
[いささかの葛藤の末、調子を取り戻せば、彼の言葉に嗤いを乗せもしたか。]
ああ、おひさまの子は星狩りの子と逢えたのだね。
それは良かった。
……うん
[実際彼が見たのか、誰かから聞いたのかは知る由もなかったが、二人が逢って話をしているということを知れば、感慨深げに吐息が漏れる]
ああ、そうだねぇ……またお話しができたらいいねぇ。
[パンの島に立てられた星の端を見つめて静かに嗤う]
[照れくさそうに笑うダハールには、感心して頷いた]
全然気づかなかったよう。
ねえ、リヴリアちゃんは気づいたあ?
[仮面の下の表情はわからない。
仮面を被っていなかったとしても、表情を取り繕われれば少女にはわからないのだけど。
少女は、表面に見えることしかわからないから。
だから、少女は無邪気に問いかける]
[終わる世界は。
渡り鳥が見ている夢。
ありのまま誰の望みも満たさず。
滅びていく世界は美しい。
世界が内へと壊れるなら。
一緒に潰してはくれまいか。
その絶対的な力でもって。
二度と起きる事などないように。
跡形もなく、壊して、潰して、捨て去って。
そうしてくれたら、きっと自分の願いは叶う。
だけど。
この夢は自分のために用意されたものでは、ない]
ああ、ピラフもいいけどパンもかわいいね
[風が冷たい。
この前、いきだおれた時と違う。
ここの花はいつまで持つだろうか?
無邪気な様子に目を細めて返しながら
せめて、花畑だけは。
そういったハルの言葉、
ハル自身が忘れても俺は覚えている。]
……ハルはさ、
例えば、俺がずっとここで
一緒に花見をしてたら、嫌?うれしい?
[そう言ってたずねるのは、花が枯れるのが
終末よりも早いか、どうか。
早いようなら、別の何か……代用物を思う。
現実では彼女の家族の代用物なんて……
俺自身4年間それは思い知っていて]
――……。
[翼を引き摺って、歩き出す。
これが終わったら。
もう一度、自由になれる。
そうしたら。
そうしたら。
終わらないユメに、旅立とう――]
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