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ぐ……
[そして、獣化が微かに解ける。
もちろん、完全ではなく、上身のみ、顔も獣と人の間のような姿になっていく。]
……おま……え……
[その背からはやはり血が流れるが、弾丸は貫通しておらず、身体の中の鉛に眼が赤に黒に点滅した。]
――……ぐ……
[そして、一転後ずさると、窓まで背を向け、肘でその窓を割った。
とたん、吹き込む、夜の冷たい雪と風…。]
−回想つづき−
え、どうして…?
[呆然と咆哮が聞こえた先を見つめた。杳として様子が知れないが。
2度目の咆哮が届いた頃、]
あ、こっちに来る…!?
[まだ傍にいればダニール、そしてシュテファンの遺体に視線を向けた。
表情は強張らせたままー*]
[そして、一気に車内に入り込む雪と風、
それは瞬時、そこにいる面々の視界を真っ白に染めるだろう。
その強風が収まった時、
そこに獣の姿はなかった。*]
…ダメっ!!騙されちゃダメぇっ!!
[叫ぶ声も、つかもうとする手も届かない。]
違うの!それは、私じゃないの!!
にせもの、なのに……
――……ミハイ ル……
[指先はトリガーに引っかかったまま、
凍ったように動かない、ずるずると肘をついて立ち上がれば、彼へと伸ばした片手が落ちる]
………ッ、
[咄嗟のことに何が起きたのかもわからぬまま。
訪れた窒息感、喘ごうにも呼吸は塞がれて、
ただ苦しげに眉根を寄せる]
[振り返り、呆然とその光景を見ていました。
身を挺して自分をかばってくれたべるにーさん。
必死に止めようとした、ローラお兄さん。
銃を奪おうとする、こわいおにーさん。
そして、窓から落ちようとしている…ミハイルおじさんを。
少女はただ、見つめていました。]
[誰も、その列車を外から見るものはいないだろうが、
その車体の上に、黒い影が張り付いている。
それは蠢いて、列車の上を這いずりながら移動していく…。**]
[意識を霞んでゆくのを感じていれば、
ふと、涼しげな風、冷気は何故か心地よく]
――…… 、
[口唇が何か言葉を発するように動いたけれど、
当然、それは淡い音にもならなかった]
なんで、なんで……!!
[泣く寸前のような、喉にひっかかった声。]
おおかみさま、なのに。
……ミハイル、なのに……!!
[つい先刻まで、よく話していた相手なのに。
腕に力を込めようとするけれど、かすめた弾丸と開いた傷のせいでまったく力は入らずに。
……その二つを言い訳にしていたのかも知れないけれど。]
ぐ、う……ッ、
[激しい痛みに息が止まる。
骨が砕かれるような衝撃、肉の裂ける嫌な感触。
血が噴き出し、体が僅かに前に傾いだ。]
………は………
[獣の動きが止まった。ぼんやりと霞がかかったような瞳で、赤色の点々と散る床に視線を落とす。
銃弾が狼に傷を負わせたこと、獣化の僅かに解けたその顔が誰の物だったのかも、真っ白に歪む意識の中では気づくことが出来たかどうか―――]
[割れた窓から、冷たい風が吹き込んできます。
血と硝煙と冷たさで満たされた部屋の中で、自分を守ってくれたお兄さんと、自分を殺す手伝いをしようとしたおにーさんが争っていました。
少女は縋るよう、助けを求めるように、べるおにーさんの方を見上げます。]
[サーシャが何か叫んでいる。
ロランの首に手が掛かる。
カチューシャは逃げ出せただろうか。
あの獣の名は―――
どれも確かめることの出来ぬまま床に頽れ、意識を手放した。*]
[けれども誰も助けてくれません。
元よりヒーローなんてものがこの世に存在しているなら、少女の家族は誰も死なずにすんだのですから。
ヒーローは、どこにもいません。
だから少女はよろよろと立ち上がり、ぽてりと羊さんを取り落とし、両手で部屋に備え付けられた水差しを持ち上げ、そして…]
[こわいこわい、サーシャおにーさんの頭めがけて、思い切りそれを振り下ろしました。
がちゃんと、陶器の割れる音が響きます。
非力な少女にだって、出来ることはあるんです。]
あ……。
[吹き込んできた冷気に、髪を乱され、視界が奪われる。
何があったのかと振り返れば……狼の姿は、ない。]
……え?
[落ちてしまったのかと、誰かが言ったか。大きな獣の圧迫感が無くなれば、部屋は、妙に広く。悪い夢の後のよう。]
……ぁ
[ロランの首に手をかけていることに気づき、顔が、一気に蒼白になる。]
ろらん、ねぇ、ろらん?
[真っ白な首に残った赤い指の痕。それが怖くて……ロランの肩を揺さぶり続けた。]
[だから、青年は気づかない。少女が何をしているかなど。
……否、はじめから視界に入ってなどいなかったのかもしれない。
音。痛み。目の前の光。初めに感じたのはどれだったか。]
……いた、い。
[自分の気持ちも、今何が起こったのかも、なに一つわからなくて。
痛みだけを感じて……どさり。ロランに覆い被さるように、倒れ、意識を手放した。]
[冷気に意識が少し覚める、白さの残る視界に移る姿を捉えれば
赤黒く汚れた指先は、己の首を絞める手首を掴もうと力なく伸ばされて]
――……、
[彼もまた泣くのだろうか、
言っている言葉の意味にまで思考は回らないのに、
彼が泣きそうだ、ということだけはわかって、
泣かせるのは嫌だな、と思って
意識は途切れたのか、続いたのか、わからない。
どちらにしても、それは一瞬のようだった]
[ぜぃぜぃと。
少女は呼吸を整えながら、割れた水差しの取っ手を放り捨てます。
そしてローラお兄さんの身体をゆさゆさと揺さぶりました。心配するように、その瞳を覗き込みながら。]
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