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――おいで。
[白き腕を、差し伸べれば。
高天の大気のごとき澄んだ声の音が、未だ消えぬ間に。
秋の晴天に雷鳴が轟き――いずこよりか出でしは、天駆ける白き牡牛。
その背に乗るべく、頭を垂らした牡牛の、角を掴む。
少女が悠長に、待ってくれるはずもないが――、
風斬り音が此方に飛べば、白き牡牛が避けてくれるはずと、信じつつ]
……これは、相手を間違えましたね。
[用意した筋書きはこうだ。
敵の宝具を受ける。
その直後の隙を突いて分銅を落とす。
単純にして明快。笑えるほどに痛快。
しかし一撃必殺が縛りならば、現段階ではそれが最善手。敵に取り入り信用させて、油断しているところを不意打ちするなんて手順よりよほど分かりやすい。
問題は、敵の宝具に耐えられるかどうかという、それだけのこと。
そして……この敵は、それだけが圧倒的]
来なさい、鈍牛。
[見下すように言った。
彼女はアサシンのサーヴァント。ハサン・サッバーハだから]
――鈍牛かどうかは、そのうち、見せてあげる。
あなたが、生き延びればだけどね。
[白く輝く毛並みを、漉くように撫でてやる。
牡牛は満足げに、電光混じりし吐息を漏らして、蹄を鳴らす]
じゃあ、いくけど――……、
[蹄が、石段をこつこつと叩き。
雷鳴轟かすゼウスが遣わせた牡牛は、深く深く、息を吸う。
その、雷神の眷族たる由縁を、いままさに解放するために]
ユピテル・サンダー
――『雷 神 の 息 吹』
[眩い閃光と、ともに。
顎も外れよとばかりに開かれし、牡牛の口から迸るのは。
如何なる術によってか、宝玉のごとし球体に整えられた、揺らめき輝く稲妻の大玉。
宝具としての格は、さして高くはないが――、
それとて宝具は宝具。当たれば、痺れる程度では済みはしない]
……その英雄は竜殺し。
[小さな唇が詠う。絶対の自信を持って左手を翳す。
主の望みを叶えるのには、これが最も確実]
竜の心臓を貫き、返り血を浴びて不死となる。
[両手に魔力が渦巻き、全身へと広がる。不快な感覚。全身の肌からウロコが生えるみたいな、醜悪な気持ち悪さ]
その返り血は剣を持つ両手へと、最初に最多に降りかかった。
[その宝具は専制防御。効果は不死の拡大]
―――『ファフニール』
[牡牛の雷を受け、飲み込まれる。不完全な不死は、攻撃の全てを防ぎはしない。痛み、痺れ、苦痛が全身を苛む。
だが、彼女はハサン・サッバーハ。
薬物により痛覚を誤魔化し、致死の重傷を負うまで戦闘を続ける悪夢の権化。
雷のただ中で、腕を振り下ろす。指輪に連なる分銅を、目の前の敵へと叩きつける]
え――、
[正面から受けたのは、まさしく想定外。
避ける素振りもみせないなどとは]
え、と……、
そこまで、甘くみられたのかな……?
[――無論、そのはずもなく。
戦いを甘くみたのは、自分のほう]
――あ、痛っ!
[――幸運に恵まれたか、神々の加護か。はたまた、牡牛の纏いし電膜の賜物か。
美しき髪纏う頭蓋を砕いたはずの分銅は、僅かに反れ。
彗星のごとくに肩口を掠め、肉を幾ばくか削り。
その勢いを緩めながらも、左の肘を砕かんばかりに痛めつけた]
[牡牛の雷が止む。視界が開ける。節操なく生い茂る緑。黄泉まで続く石段。古ぼけたカビ臭い寺院の入り口。
期待していた結果は、敵サーヴァントの撃破。しかしそこには、傷を負いながらも未だ立つ細身]
……失敗。
[舌打ちくらいはしただろうか。
コレは教訓。
相手は耐久に優れたサーヴァントとは思えない。威力だけであるなら、十分すぎるほど殺傷できた。
今の一撃は、間違いなく必殺。
だが、それでも仕留めきれぬからこその、英霊]
マスター。やはり、あなたの望みには無理がある。
[望まれたのは一撃必殺。ならば、二撃目を放つ無様はしない。
次は全力で。そう視線に込めて一瞥し、石段の直線を包む林へと逃げ込む。
敵に背を向ける躊躇いはない。そうあるべきと、彼女は知っていた]
[順に展開される二人の宝具。
牛のが放つ特大の雷光玉――
そしてそれを防ぐ少女の両手――
今の自分では決して届かない衝突に思わず見とれた]
さて、俺も及ばずながらやるか。
D'implementació, el foc
[呪文に応じて手に炎が展開される]
「貴様何をしている!!」
[回りに日をばら撒こうとした瞬間に怒鳴り声が聞こえてくる。
声の方を向きかえると無数の黒服がそこに存在した]
[少女の、冷たく猛き意志を宿した視線。
見据えて、耐えて。身を翻して消えた影の、気配がいずれ、去ってゆけば]
こ、怖かった……なー。
[へなへなと。牡牛の背に、身体を預けて、へたりこんで。
思い返して。ゼピュロスの息吹を浴びたか如きに、がたがたと身を震わせる。
一歩、間違えば。召喚から僅か数時間で脱落するところだったのは、間違いなかった]
ぅ……痛い、な……。
[抉られた肩口から、鮮血が流れ落ちる。
白い衣装を染める朱の1/4は、この世のものならぬ神血(イーコール)
左肘は折れてはいないようだったが、腕は、直ぐには使いものにはならないだろう]
― 境内 ―
あーん?
[ストップウォッチを眺めていた視線を外した。
森が、到着した時よりも大きく揺れていた。
何より]
……ふう。
[体がだるい。
酒瓶に集中していた意識を、自身の回路へ。
総量が、明らかに少ない。]
…。
[どうも、木々の方が今度は騒がしい。
酒瓶を持ち上げた。ため息をつき、頭を掻く。]
うわー、おっかねぇな。
[どうみても堅気ではない黒服たちがこちらに迫ってくる。
とりあえず展開した炎を消失させ、山の麓に向かって走った
すぐに丁度よくファフが茂みに飛び込んできた。
敵サーヴァントの気配はいまだに健在。
ならば、理由があって撤退してきたのだろう]
撤退するぞ、ファフ。
とりあえずその辺の連中の始末よろしく!!
[手早く、黒服の始末を命じただけで、
敵サーヴァントの未撃破と撤退を咎めることはない。
なぜならば、任せると最初に発言しているから。
それに、理想と現実が違うことはいやってほど理解している]
まあ。元々からっけつに近かったけど。
遠慮なく持っていきやがって。あのボケ。
[薄ら笑い。]
他のは……まあ一本でええか。
とりあえず正面か、林か…。
どっちでも変わらんけど。
[とりあえず、正面入り口の方へ向かった。]
[林に逃げ込めば、わらわらと黒服にたかられるマスターがいた。
蟻と獲物のようだ。何やってるんだろうこの人。遊んでいるのかもしれない。少し楽しそうにも見える。きっとそういう趣味]
…………。
[両手を背中に隠す。武器を取り出し、手を前へ戻す。
分銅を吊した、銀の指輪。
それが、左の親指を除く全指に]
……九撃、瞬殺。
[自らが誇る武器を操りながら、はぁ、と息を吐いた。
やはり自分には、こちらが合っているのだ]
[ハサン・サッバーハは職業殺人者であって快楽殺人者ではない。
後には、木々や地面に残された、伝説に在る獣が過ぎ去ったような爪痕と、
ことごとく倒れ伏し、ことごとく息のある、黒服たちの姿が取り残された]
[階段のところまで行くと、何かにもたれかかっている見覚えのある姿があった。
心なしか、辺りに靄がかかっている。]
…。
[よく見れば、ライダーの左腕に血のようなものが見える。]
…。宝具か。武器か。
[消えていない、ということは致命傷ではない、ということだ。それに腕ならば今すぐどうにかしなければ消滅する、ということはあり得ない。]
魔力切れにならん限りはあのままかな。
となると――。
[いつもの、ぼけっとした表情のままでの状況判断。
火急は気配がした林の方だろう。
ならばそちらを追うのが合理的で必須事項。なので]
[それは、一瞬だった、そして圧倒的だった
ファフの分銅が煌き、黒服は全て地面に平伏した]
ははは、さすがサーヴァントさんだ。
[そして、「九撃、瞬殺」の言葉。
自らが提案した一撃必殺はとんでもない間違いだったらしい。
どうやって謝ろうか考えながら街へと逃げていった**]
[主の言葉に、身を起して。少し呻いて。
力なく下がる左腕を押さえながら、痛みに引き攣りながらも、笑みを返した]
……サーヴァントに襲われて、宝具を撃ち合ったの。
[仔細は、あとでも話せると。ただ、要点だけを述べた]
なるほど。
そして勇敢なエウロパさんは見事相手を撃退したわけやね。
勿論、相手マスターなんて一緒じゃなくて、サーヴァントが一人でのこのこやってきたところを返り討ちにした、と。
そういうことでええんかな。
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