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…………。
[むう…、と、不服、不満、どっちの言葉にもつかないようなモヤッとした、気恥ずかしい気持ちを抱えながら唸る。
そうした眉を顰めた表情のまま、セリナの胸に頭を撫でられ、やめんか、などと照れ隠し。
勿論こちらにも、不安が無い筈がない。
手持ちの金を使って簡易な寝床を確保したとしても、食費他諸々に押しつぶされるのは目に見えている。セリナは中一だ。学校にも行かねばならぬ。
どうしてでも働く。セリナに過度な不安を与えない為にも、覚悟は出来ていた。
……お互い、そういう気持ちを口に出さずとも持っていた。]
[セリナの胸元から離れ、セリナが持つ服を見る。
なるほど女物であるから──明らかに私に似合わないのはさておき──不審ではなかった。しかしどう見ても、サイズが小さい。しかし。]
…うむ。
それしか手段は……な。
[不安な面持ちながら。]
[服を受け取って、自分の前に広げて改めてサイズを見てみる。ただし、見るたびに唸り声が漏れる。
サイズの問題もそうだが、こういった衣服が一見しても、明らかにその人に似合わないのも心苦しい。]
仕方がないな。
…… 別に、後ろを向かなくてもいいのに。
[つい、にや、と笑う。 先ほどまでお互い裸だった関係。今更着替えを隠してどうだろうか。
制服のシャツを脱ぎ捨てて、ブラウスを着てみる。なるほど確かに、少し大きめだが…それでもまだ、小さい。肩から腕にかけてがきつい。
破れるのでは、と危惧しながらも何とか腕を通す。前のボタンをかける。ぎゅうぎゅう胸が押し込められる。
やっと着れた。 …………が、何より、当然だが丈が短い。殆ど臍出しに近いような状態に。]
…………。
[既にやめたい気分に陥りながらも、着ざるを得ない。
キュロットに半ば無理やり尻を詰め込む。 ……短い。短すぎる。]
…… いいぞ。
[正直言って、見せたくない姿。俯きながらも、小さく告げる。]
………… …………。
[無言だった。「いいぞ」という一言に、これほど後悔したことがあっただろうか。
いつも堂々と、腕を僅かに挙げて立つ癖がある。
しかし、余りにもきつすぎて、上げればこのブラウスは肩からいとも容易く裂けるだろう。
それを考慮した結果、まるで気の小さな子のように、腰に肘をつけた身の小さく見えるポーズ。]
……
[言われなくても、明らかな自分の異常さは痛いくらい分かっている。
段々と顔を赤くしていって。]
ど……
どうしろというのだ……!!
[悲痛な声を上げ。最早泣きそうな心境。]
私も他の奴には見て貰いたくないわっ!
[セリナが言う言葉とは、別な意味で吠える。
キスされれば返すが、余りにも気分が酷過ぎて、離した後口を尖らせる。]
ぬ…脱ぐか。結局…… いや、ありがたい。
[脱ぐほうが大変そうだ、などと呟きつつ。
胸元のブラウスのボタンを外せば、弾けるように開いた服から胸が零れる。大分呼吸が楽になったらしくて、一旦、ふう、と息を吐く。
ぷちぷちと外していき、注意深く腕を抜き取り。
キュロットも、脱いで一息。下着一枚になり、脱いだ服を畳んで手近な場所へ置く。
シーツを引き出したのを見れば、どうする気だ、と。
…案があるのなら、従う。]
[自分の体にシーツで服を形作って行く様子を、大人しく眺める。
果たして大丈夫なのか、という不安な心持ちだったが、完成したのを見てみれば感嘆。
「器用だな」と、感心して言う。
どちらにしろ似合っていないのは変わらないが、先程より百倍マシである。]
これなら、ここと寮を往復するくらいは出来るか……。
[ふうむ、と唸り。
頭に乗せられれば、やめんか、と払い落して、]
五年後か、六年後か…それくらいに取っとかんか。
[冗談めかしながら、そんなことを。
既に乾き始めている下着とスカートを回収する。]
[セリナが、こちらの言葉の意図を察したのを様子から悟れば、にやついた。
どうする、と言われれば腕を組む。]
とりあえず、寮の私物を回収する。セリナの部屋もな。 [リヤカーでも借りるかな、と呟き。]
それで何処か、貸し部屋を……
……嗚呼、そうだ、既に退学届は出してあるからな。
[後について思いついた事を口に出しながら、当然のような顔で言葉を付けたし。
どうやら、もし一緒に行く事を断られてもついて行く心づもりだったらしく。]
[ぽかんとする様子を全く気にも留めずに、何だ、などと。
まるでそこまで重大な事情でもないかのように、平然としていた。]
小さな…ピンク、と、白か。わかった。
とりあえず、部屋の備品以外は手当たり次第積むつもりだ。
[一つ頷く。]
では、行ってくる。少し時間がかかるかもしれんが…
セリナ君はここで待っている、かね?
[校内をうろつくわけにもいかんし。と。]
[よし。急ぐかな。]
[悪いな、とセリナに告げて、早足に階段を上がる。
あんな長いシーツのドレスを着ながら、廊下を猛スピードで駆けて行く音が聞こえる。
昇降口の板を蹴り出て行ったと思えば、
……暫く経って、リヤカーが学校に持ち込まれたらしき車輪の音が聞こえる。
多少教師と揉めたあと、その人はリヤカーを寮前に置き、荷物を次々運び出し始めた。
通りすがる生徒会の者を捕まえては、手伝わせる。]
[生徒会の者を働かせ、リヤカーに物を積みこんだ。
がらがら力任せに引き、旧校舎の前に置く。
旧校舎に踏み入り、廊下を走り、地下室への階段を駆け降りる。
地下室の扉を、力強く開き──]
──セリナ!準備が ………
……… ……セリナ?
[姿は、その中に見えない。
地下室へ入り、見回す。居ない。
マットレスを捲り上げる。居ない。]
…セリナ、冗談はよせ。 セリナ。
おい、出てこい。 どこにいる……?
[額に汗が滴る。それは地下室の湿気のせいではない。
低く、声は地下室に響くが、返事はない。
真っ青になって、旧校舎を飛び出す。]
セリナ、頼む。 出てきてくれ。
お前を責める者と、もう会う事はないんだ。
記憶に責められる必要だって、何もないんだ。
だから………
[ただひたすらに、校内を、校外を、走りつめた。
吠えても叫んでも姿は無い。]
[疲れきって、足が動かなくなり、喉が枯れた時、
その人はくず折れて、顔を両腕に埋めて、上半身を倒れ込ませた……。]
[その人は、大学に進んでいた。ここから少し離れた地の、二流大学。
身長も、その大人びた外見も変わらず。
さて下宿はどうしようかと考え、情報誌をボンヤリと眺めながら道を行っていた時。
突如。声をかけられる。
すぐに、顔を上げた。
顔を見なくても、声ですぐに分かった。
その顔をはっきりと目で確認した時、目を見開いて、口をぱくぱくさせ。
豆鉄砲を喰らった鳩のように。
ぽとり、と情報誌を足元に落とした。
即座にそちらへと駆け寄り、愕然とした表情のまま、そちらの顔を覗き込んで。]
………!? …… ……
君は……… まさか……… どうして………?
[ただ、驚きの声を上げるばかりで。]
[相手の言いかけた言葉には、すぐ察した。
ぶんぶんと首を横に振り、唾をのみ込んでから。]
ずっと、苛まれていた。
君の記憶に。
[相手の顔を、ただ一心に見つめる。
……嗚呼、大人っぽくなったなぁ。]
どうか…教えてくれ。
どうして………
[あの時。]
………、
………… ……そうか。……
[信じられない、というような愕然とした表情のまま、セリナの言葉を聞いていた。
聞き終えて、虫のような声で、一言だけ言って。
少し俯いて、小さく首を左右に振る。
「そうか、」ともう一度繰り返し。
顔を上げて、再びセリナの顔をじっと見つめる。目に焼き付けるかのように。
夕暮れ時の日の光は、その人の目を照らして、きらきらと水面を反射させていた……。]
私は。
私は、見捨てられていなかったのか。
本当に。
君の心は……?
[下唇を噛んだ。
どうして、そんな考えを抱いてしまったのか…。
どうして、セリナを信じる事が出来なかったのか…。
自分が恨めしく思った。
首を振るセリナを見つめながら、哀しさと嬉しさが混ざり合った表情をして。
きらきら光を反射させていた水滴は、目から零れ流れた。]
セリナだ。
本当に、セリナだ。
変わってない。
泣き虫で、女みたいで、でも、 絶対… 嫌いに、
なれなくて、
[涙に、目を強く閉じ。
ああ、あぁぁ……と、初めて泣き声を上げ。
目の前の確かなセリナを抱き締めようと、腕を伸ばした。]
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