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[ふ、と一息ついて]
…恋う者に忘れられるとはこの世で最も惨いことよな。
愛しいものに先立たれると、どちらが辛いものか。
[ちらりと見える先には狐と僧形のもの。あれらも恨みつらみを全身に受け止める者たちか]
あの狐、私が笛など落とさなければ穢れにまみえることもなかったろうに。憐れなことをした。願わくばそのまま人の世に在うこと能えばよいが。
おれは。
あいつを、安倍の影居を殺したいと思った。
貴方を、殺したいと思った。
それだけ、憎く思えた。
白藤さんが目の前で死んで、手に薬を塗ってくれた汐さんも死んだ。
知っているお人が亡くなってしまうのは、悲しい。
おれが、貴方を手にかければ、六条院の人たちはより悲しむだろう。
貴方の祖父は、おれを正式に養子に迎えたいといってくれた。
その言葉に報いる為に、おれは貴方を手にかけることはしない。
あきすけ…さま。
永漂さまが下仕えの者達にそう呼ばれて居たのを聞いた気がします。
…恐らく、あの方が俗世に居た頃の御名前かと。
[件の法師の事だろうと、いちはつ殿に教えるのです。]
[裂けんばかりに盛り上がった皮膚、]
[しかし、]
違う──!!
[喉から絶叫迸る。]
違う、のだ……
[がくりと肩落とし、蹲る。
たちまちの内に、二つの突起は縮み、平らかに。]
…ぁ……。
[唇は確かに、あまねのきみ、と軌跡を描いたのに、声は出ず、音にもならず。
彼の独白を聞きながら、少年は少しずつ引いていく涙を袖元で拭いながらまっすぐに視線を向ける。
瞳が一度、二度、と伏せられ、再び唇が軌跡を描く。
今度は「ごめんなさい」、と。
けれど、音にならない]
…?
[自分で、そこで初めて気がついたように喉に手を当てる]
――花山院邸・奥座敷――
永漂。
そう、法名永漂と”綴ってあった”な。
[一人合点をした。]
そいつは呪を、己の意で扱うことが出来るのか?
──大路──
[墨染め法衣のおとこは 大路に立つ。
多くの人々は 空を見上げ 赤い雨の話をしている。
大路の角で見つかった 腰から下だけの死体の話も混じる。]
季久さまに出会うて、影居の生は本当に報われたのです……
生きていて良かったと、初めて思えた……
だから、もう良い、もう良いのです……
[若宮の頬に手を伸ばし、指で流れた涙を拭って]
もしおれが、安倍を手にかけたのだといったら、貴方はおれを怨むのだろうな。
[細い体をそろりと抱いて、すぐに離れる]
六条院に戻るといい。おれはもうあそこへは戻らない。
愛しい人を殺されたと、怨むのならおれを怨め。
六条院には世話になったと、伝えてくれ。
もう一つ。
身分も弁えずに。おれは貴方が好きだったんだ。
貴方がおれを憎いと、忘れずにいてくれるなら、それでいい。残る旅路で、貴方の手に掛かったとしても、おれが申すことは無い。
[若宮の口が動いて、何かをいおうとしていることは判ったけれど]
[しばしあっけに取られていたが元に戻ることに表には出さぬが心底安堵したようで]
…お前に忘れられた宮があまりに哀れとは思わぬか?
気持ちがお前を鬼とする程の物であったら宮はお幸せなのかもしれぬよ。
私には縁のないものだがな。
[泣く様はあえて見ない。ぽん、と肩を叩き*]
[帳から外を見ると、先程の法師の姿はなく]
今なら、あの法師も居ないようだ。
若君様の足でも、六条院まで戻るのはたやすいだろう。
……声が、でない、か。
その内に、心の傷がいえれば、出るようになるだろう。
癒えずとも、文字で伝えればよい。
[短刀に伸びた手にはもう力無く]
[若宮の頭へ伸びた手は、ゆるく撫でて]
――甘いのは、おれだ。
[今ならば、我が物に出来るのかもしれないと思ったけれど。泣いて、尚それを我慢しようとする姿を見て、その気は失せてしまった]
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