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……葛木が?
[眉を寄せて。項に手をやり翡翠に触れる。
ひやりとはしなかった。]
――そうか。
あいつは、泣いていたよ。あんたのために。
おれは好きにしろと謂った。……とめてもどうにもなるものでもない、が。
[止めるべきだったのだろうか。わからない。
続く言葉には俯き目を伏せて]
ああ、そうするさ。
ただもう……祈り願うことしかかなわないからな。
[影居。あのようなおとこだっただろうか。
ひどくするどく、鬼のような。]
……それは光栄、嬉しいことだね。
あの鷹から、何か聞けないかとも思ったんだが。
─花山院邸・奥座敷─
[その肩が震えているのは、泣いているのか、笑うているのか。
己が泣きたいのか、笑いたいのかすら、もはや狐には判りませんでした。]
…もはや、もはや只の獣では居れぬ。
[己が何を為したのか、狐には良くわかっておりました。
そして、取り殺した彼の武士は、紛う事なくあの笛の方の仇であったとも。]
…出会わなければ、焦がれなければ、只の獣で居れたというのに。
[胸の奥焦がす悔恨の焔。
…けれども気づいてしまったのです。
幾度も弄び、死に追いやる事を…あの時の己は楽しんでいたと。]
月白は私以外には懐かぬよ。あれは賢くてな。
私が陰陽師を厭うこと常日頃もうしていたら覚えてしまったらしい。
襲われなかっただけでもよかったと思え
[少しだけ、口元緩め]
祈り願っても帰らぬものは帰らぬがそれしかできないのは私も同じ。
守らねばならぬものをともに守ろうとした者が穢してしまった。
友と思っていたのも私だけだったらしい。
そしてその方をお守りしていた者も…恨みの塊であったな。
たのみにするものもなく。憐れなものは恨みに汚れた。
私一人、道化のようであったろうよ。
[自嘲気味に笑う。
ただ、耐えきれなかったのは目元、ひと筋だけの水の跡。
[法師の男の言葉に顔を上げる]
羅生門に、登る?
登るって屋根に、ですか? それとも、梁?
[だがしかし何故そのようなことを童女に聞くのか、とも思い。やはり不思議そうに法師を見た]
[丸くなっていた背を伸ばし、数珠をかかげ、
墨染め法衣のおとこは、桐弥に一礼を──。]
──怪異ですか。
[怪異が起きている事は、承知と云わぬばかり。おとこは羅生門にひろがる新しいあかい海をことを、知るがゆえ、若宮をとどめようと言葉を掛けたのだった。]
[桐弥に、]
のぼるのは、内側に入るため ですよ。
死体が放り込まれ── 夜盗が寝床にしている場所ですゆえ。
《お嬢さん》が行くような場所ではないと。
[おとこは、桐弥が弥の君でもあることはもちろん、ただの人とおぼしき桐弥が、なにゆえにか若宮の気配を察しているとは思い及ばず。]
怪異が、なにごとか──聞いてもよいだろうか?
そうだな、実に賢い。
主が陰陽師嫌いじゃぁ、仕方がないねえ。
[つられるように、笑みを。]
――……守る。若宮様か。
[靄のむこうの、術で少女の姿をした“少年”。]
宮中も、恨みやたたりに囚われていたか。
否、宮中であればこそ、か。
[道化のようだ、とわらう、
零れるしずくを見て、ぬぐおうとしたか手を伸ばす]
[ふわり。
狐は白き夜着のまま、乱れ髪のまま風になるのです。
いえ、それは。
心を乗せたまぼろしなのでしょう。
大路に乱れ咲く枝垂桜の枝の上。
腰掛け狐は笛を吹くのです。
割れ笛の紡ぐ調べは、乱れ乱れて嘆き哭く。]
[法師へと向けて]
登っても、あそこには何も、ありはしません。
あるといえばあるのでしょうが。
[現のものでないものなら、あそこには一つ二つといわず]
怪異は、。
[目の前の若宮の前で言うことを憚られて言い淀み]
一人の陰陽師が、呪いを受けて息絶えた。それだけのことでございます。ですが、こちらの童に見せるのは酷かと思いまして。
…嫌っていたが…信用していなかったわけではないのだがな。
鷹には伝わらなかったらしい。そこまで人の感情教える術は知らん。
[影居も白藤も陰陽寮も、嫌っていたが信用とはまた別物]
役目であれば宮中も、宮様も、だ。
それが…このざまでな。
[伸ばされた手、逃げることはしないが]
…そういうことは想い人にしてやれ。
次は色恋で恨まれる羽目になるのはたまらぬ。
来世は静かに生きたいものだからな
……隔たりがある、か。
仕方のないことだ。
[ふ、とわらう。]
――皮肉なもんだねぇ。
[眼を閉じて、すいとしずくを拭った後]
想いびと、ね。
あいにくどうにも……そういう方面には鈍くてね。
まぁ、何かしらの恨みはごめんだから、従うとしよう。
[本気か冗談か
そんなことを謂ってから手を離した。]
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