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─羅生門─
[おとこは、若い薬師の応えを待たずに足早に歩き出す。
その先には、童女──に偽装した若宮の、泣きじゃくる姿があった。]
[止めようと手を伸ばしたが、猫に阻まれて]
何故。かような場所におられるのですか。
邸のものが総出で、探しているというのに。
貴方様がいなくなったと知られれば、お上より裁きが参りましょう。
貴方様が何処にいるのか知られれば、そこのものにも同じように、いや、それ以上のものが下りましょう。
[何故に。知らず声はか細く、若宮の聞いた声色で]
(……。邸の者など、どうでもいいはずだったのに)
[若宮に近づく男を睨み付ける]
――花山院邸・奥座敷――
[誰が仕立てたものか、
経の帳は物忌みのようでもあり
また、怨霊をその内へ封じてあるようにも思える。
帳の外へ、現れ]
――なにをそれほど苦しんでいるのだ
[ひらりと舞う桜。暗闇の中に舞う白は月のようにも雪のようにも。
まるで夜桜か粉雪か。笛があれば奏でたのに]
…私が生まれ母が死んだのが桜の時期だ。
陰陽師が祓い損ねた恨みがとりついていた。
誰が悪い訳でもない。知っている。それでも中々…な。
しかしお前は影居を嫌う理由にはならんな。
人が死んでも春は巡り桜は咲く。
偽りの桜でも、見れれば良い。…礼を言おう。
[寂しそうにも笑ったか]
[迷い子のよに、伸ばされた腕にしがみついて、ただ泣いた。
声を殺して、ただ泣いた。
胸をよぎる不安は漸く収まり。
そのかわりに。
聞こえた声に、肩が小さく震える。
恐れは再びその瞳に宿り]
……あまねのきみ、さま…?
(違う。邸の者などどうでもいいのだ。おれはただ――)
[男を睨みつけたままその場に立ち]
(あの男が憎いだけ)
[それでも、若宮を浚って逃げるなどとは思わず]
[一度だけ斃れたままの白藤の骸へと目を向けて]
[大路を北へと*走り出した*]
ほう?
この方の正体に気付くとは、そなたは何者だ?
六条院に仕える者か。
[うっすらと口の端に浮かぶ笑みはあくまでやさしく、穏やかな口調だが、何処か底の底の方に冷たいものを含んでいるような]
―花山院邸・奥座敷―
[座敷は暗く閉め切られておりましたが、
経を連ねた帳の奥は、蒼き焔が灯っておりました。]
…あぁ、わたくしは。
[やつれて弱った細い声。]
情けに流され、怨みに流され、
…深い罪を犯してしまいました。
[ゆるゆる身を起こす、衣擦れの音。]
…人を知りて、心を知り、
乞いを知りて、怨みを知り、
…もはや、わたくしは…野辺のけものでは居られなくなってしまった。
[しがみ付きただ泣く宮をやわらかく抱き締め、此方を睨み付ける童(わらわ)に問うが、答えも無いまま童は踵を返して走り去らんとする。
と、若宮の声、]
あまねのきみ?
[スッと眉顰められる。]
─―花山院邸・奥座敷―─
[ふ、と
焔のもえる音にもかき消されんばかりに微かな声になり]
……心を知りては苦しかろう。
[それも一時のこと。声音はすぐに元のようになる。]
お前は今や、怨みの鬼か?
お前の怨みは、何処へぞゆく
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