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[白藤は不意に身を乗り出し幾つかの印を結んだ。
最後にとん、と床を叩くと
花のようなかおりのしろい風がすっと吹いて、わずかの間澱みが薄れ――だがしかし、それはまたすぐに揺らいで満ちてしまった。]
……及ばずか。
[はらりと白に薄櫻を滲ませたまじないが落ちた。]
参ったねぇ。
[微かに混じったのは苦笑ににたいろ。
白を結び直すために庭へと向かった。]
―とある通り―
ありがとうございました。
では、また要り用の時には、汐の名をお呼び下さい。
[頭を下げてから門から出てくる。
まだ降り止まぬ雨に傘を差し]
ふむ…病は気から、とも言うが。
こうも陽の気が少ないのでは…
白藤の兄さんが言っていた通り、都に広がりつつあるのかも知れぬ。
[左手は傘持ち、右手は顎へ。
考えるは薬のことか、それともこの気の事か。
片や易く、片や答えが出るとは到底思えぬ。
足取りはしっかりしている物の、其の表情は何処か遠くを見ていた]
[申し訳程度に残った眉を見て、後悔する。その少し上に黛で描かれた丸い眉と、交互に見比べて今度は肩を落とす。
若宮様の前にお出になるのだから、と普段のものよりも色鮮やかな表着を用意され]
(……着る物がこれでも、中身は男なんだけどな)
[内心で文句を垂れたが、女房は気にせずに紅を取り出し唇へと塗りつけ、扇を手渡される]
「粗相を為さりませぬ様に」
[背後から一声かけられて、頭だけ頷くと、御簾を出る]
[若宮の居は女房に教えられていたが、あまり出歩くことがなく、庭へと自然に眼は流れ]
ここも、ずいぶんと豪華なんだけれどな。
[違う――。
暫し足を止めて庭を見やる。日は沈みかけていて、池に映る夕暮れと日に照らされた枝振り、雨雲の残る空はやや藤色に光り。より美しい様が目に映った]
[…暫く歩いて居れば雨粒も降ってこなくなり。
ゆるく空を見上げ、天差す光を見ゆる]
ようやっと。雨も上がったか。
[ぽつり。呟いて。
しかし、困ったように]
弱った。
…箱と一緒に背負ぅて良いものか。
傘とは。
[傘を閉じ。視線を落とす。
周りを見ても、箱と一緒に背負っておる者は居ない。
ふむ、小さく息をつき。
結果、手で持ち歩く事になった。
落ち着かぬのか、時折傘に視線を落としつつ]
略してキツネと呼ぶものもおりましょう。
[誤魔化すような笑みは、僅か引きつっていたやもしれません。]
都には知り合いも居らず、身を寄せるところもございません。
雨露を凌ぐ屋根さえあれば、わたくしめは何処に在っても構いはしませんけれども。
用も済みましたし山へ戻ろうとは思いますが…
[ふと思い返すは、あの屋敷。
そして…この目で見たいくつかの…]
なんとなく、気がかりがございます。
唯の予感ではありますが。
[雨の中、ぼんやり爪弾いた弦が、湿気のせいか少し狂いを見せたような気がして七弦琴を爪弾いては試し、爪弾いては試し。
琴は、音のあまり大きくない楽器。
雨音に混じれば調弦のための音など消えてもそれほどおかしくはない。
琴と真剣な表情で向き合いながら弦を試せば、少年は周りも見えず、時も忘れ]
……下羽…宮……何か、違うかな…ええと。
[無論、こちらに近づく影にも気づかない]
やはりお祓いの類は、常日頃ぬかるものではないな…
[雨が落ち着いて来た事にはとんと気づいていなかった。
都の事、今後の事をひとりごちながら歩みを進める。
悲観的に物事を捉えていたからか、傘をさしていたかか、こうべを垂れて下ばかりを向いていた。
前から薬師とおぼしき若者がこちらへ向かって来ているのも知らずに。]
[刻を忘れたかのように佇んでいたが、どこに向かっていたのかを思い出し、若宮のいる間へと足を向け]
弦の音がする。
弾いてるわけではなさそうだ。
[音のする方へと歩き、やがて若宮の姿が目に入る。御簾越しに見たときよりも鮮やかに映る姿はやはり儚く映り]
では今宵はここに宿るが良い。
[ひきつる顔は見逃さぬ。しかしまだ口に出して問うことはせぬが]
あまり庶民の話というのも聞かぬでな、面白かろう。
私の笛で培ったというその方の笛の音も聞いてみたい。
お主が気がかりとしているものも詳しく聞きたいしな。
如何か?
[扇で顔を隠し、目だけ覗かせて、調弦の為に琴へ向かうの姿を見つめる]
(生まれが違うだけで、姿までこんなに違うとはね。若君様は男、だったよな。親王なのだから)
[全体的に薄い色素が、綺麗だと、心に留める]
[若宮のいる場所から少し離れて、調弦の為にたてる音を聞いていた]
[どれほどの情熱を琴に対して注いでいるかなど、その様子を見れば誰にでも一目瞭然といったところ。
琥珀の瞳は伏せられ、余計な感覚は閉じて聴覚に主に頼り]
…商…うん、ここは、平気……?
[弦をはじく音に混じっていたの軋む音に気づけば漸くそこで手が止まる。
頬にかかっていた淡い色の髪を、先ほどまで弦をはじいていた指で払いながらその方向を見る]
…弥君、様?
[その姿を視界に捉え、驚いたような表情がありありと浮かぶ]
…さて、如何したものか。
もうそろそろ、飯も…ん?
[傘に落としていた視線。
上げてみれば、未だ傘を差しつ歩いてくる人影。
もう一度天を見やるも、雨雲は見えるものの落ちてくる物は無し。
視線を落とせば距離が縮まっている傘を差す者]
もし。
[避ける気配がないと感じたのか、道の脇へと避け]
天より降る水も無し、道に落ちる銭も無し。
前を向かねば棒に当たりましょう。
[一体どんな者なのか。
一寸興味が湧いたのか、小さく口元をつり上げ声を掛ける]
[気づかれ、驚いた表情をみて目を伏せる]
邪魔を、してしまったようです。
わたくしのことはお気に為さらず、無い者として扱われて構いませぬ。ただ、ここに居ることをお許しになってくだされば。
[腰を落とし柱に寄りかかる]
初めて、若君様にお目にかかり、気に掛かったことがありましたので、こちらまで参ったのです。
もう、過ぎたことですから、その事はどうでもよいのですけれど。
雲の路。遠い青色。一切れの雲は雲なれど、天を覆う雲なれば…
[誰をも寄せ付けぬ勢いがあった。
ふと、声をかけられ意識が目の前に戻る。]
ん?あ、ああ。かたじけない。
そなたは棒…失礼、ではないから避けてくれたのだな。
…いえ、邪魔など。
どうも…ひとりで居ると時を忘れてしまうのです。
よろしければ、こちらへいらっしゃいませんか?
[逆に申し訳ないとばかり、少年は扇に隠れた少女を見て少しだけ手招いてみる]
…気にかかったこと、ですか?
何か、失礼なことでも致しましたでしょうか……。
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