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[己が散らしたものではない、
血の臭いがした風のほうへ眼を向ける。]
……あちらか。
[地を蹴ると音もなく翼が羽ばたく。
硝子の従者も石の馬も、
館に帰っているだろう。
或いはあの館も誰かに襲われているやも知れなかったが]
──騒がずとも。
すべて 滅ぼしてやるさ。
ヴァイイ伯の後釜など、元へ戻るための足掛りに過ぎん。
[咆哮の如き、嗤い声。]
[急に記憶にある声が振って来て、反射的に馬を止めそちらに頭を向けた。
噂をすれば影、丁度思い出したところで当人に出くわすとは。
ジュアンの様子は穏やかだったが、何処となく不穏なものを感じ、ザリチェは目を細めた。]
[ざわり][空気が揺れる]
[緊張したような気配が、そこには「在った」。]
やっぱりあなたも「候補者」だったんですね、ザリチェさん。
お会いできて嬉しいです。
まさかあなたが雑魚などにやられるとも思ってもいませんでしたが。
[目を細めて、ジュアンはにこりと笑う──]
どうしたんですか?随分お疲れの様子。
それとも、緊張?警戒?
やだなぁ。僕、いきなりザリチェさんに牙を立てたりしませんよ?
[──男の「視界」には、黒い霞──]
[広がる血は斑に華を咲かせている。
だが目的のものは其処には居ない。
――気配は空へ溶けてしまった。だが]
……あの方角は。
[館だ。
あの方角には、クァルトゥスの館がある。
ウェスペルは迷う事無く飛び立った。]
[クァルトゥスは僅かにうつむき、脇腹から背に掛けて肝臓を抉った傷に片手を這わせた。
傷の内側がドクドクと疼き、熱を帯びる。
ザリチェに魔力を奪われた事も関与しているのか。
何度か槍を振るい、森へ冷気をもたらしながら、妖馬は駆けて行く。
クァルトゥス自身の館には戻るつもりは無かった。何故なら過ぎた事を哀惜する趣味はクァルトゥスには無く、また、侵入者はクァルトゥス自身の姿が無ければ去った可能性が高かったからだった。]
別に疲れては居ない。
それよりジュアン、お楽しみだったようだな?
すっかり血生臭くなっている。
[きゅっと唇を吊り上げた微笑。細められた瞳には蠱惑を湛えてじっと見詰める。]
ああ、血生臭いですか?
確かに僕、狙われたり返り討ちにしたり、いろいろしましたから。さっき川で水浴びしたんですけど、また襲われてしまって元の血生臭い身体に逆戻りです。
ああ……こんなに血のニオイが酷いんなら、あなたには近づけませんかねぇ。
だって……
[にこりと笑う]
……美しい「青」に、血のニオイは似合いませんから。
[直接、館を襲ったとおぼしき、アーヴァインを屠りに行くつもりだった。
だが──、クァルトゥスは《候補者》に、ウェスペルの名があった事を思い出した。]
…来るかもしれんな。
ウェスペルなら。
[馬の脇腹を蹴り、進む方角を変える。]
《密約》を結んだ者を除いて、《候補者》はすべて狩る──。
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