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…………そうかい。
灰色の羽だか、マイダだか分からないけど。
そりゃ良かった。
――でも。
今その羽の。
――――エステルの、幸せとは別なのかい?
[皮肉でも、毒舌でもなく。
ふたつに分かれたものを慈しむように、
あるいは哀れむように。]
[何でもない事のように、いつもと同じ調子のように、今日の天気をつぶやくように言われても。]
なんだい。それ。
泣いちゃうよ。
[カインに向けて、ゆがんだ笑みを浮かべた。
ほかにどんな表情をすべきか分からない。
言葉を探して、口を開けて閉じて、うつむいて。キャスケットを脱いで口元を隠す。
壊れかけている友人の顔が浮かぶ。
どうせ壊れるなら、いっそ、と思ったあの時。
じわりと目頭が熱くなる。感情が荒れる。]
ああ…………。
足りない私には分からないね!
憎らしくて自分の足で壊してしまいたくもなる。でも、最後まで方法を探してあがきたい……。
…………。
[記憶と今とは違うから。
それだけのシンプルな持論。
羽を持たない女の、狭量かもしれない考え。
だから、羽を持つものへ、問い掛ける。
――今、幸せかい。
アンタ達の世界は、それで、満足かい。]
………………。
・・・・・・。
私は、見守るだけ。
(ソウ、キマグレ。)
[終わりの一時に、
心も記憶も失った哀れな残滓に委ねたのは。
エステル《星》として委ねたのは。
星《エステル》の気まぐれ。]
[絞り出すように放たれた言葉は、どう響いただろうか。
少なくとも男は、セルマに視線を向けた。
続いて現れた二人を順に視線を移し、またセルマに戻る。
静かに。
続けて。
とでも言うように無遠慮に]
……泣くなよ。
[泣かせたかったわけじゃないのだと、慰めに頭を撫でようと手を伸ばす。]
すまないな、でも……
[否定が過ぎる。
それを、出来る限り堪えた。]
お前は、良いやつだ。 ……ごめんな。
[カインの、出来る限りの答えが、それだった。]
[遠い遠い流れ星。
星精はこの世界を見守る。
慈愛はうしなってはおらず、しかし、
その慈愛は常人にはきっと理解し難いもの。
元の世界だろうと変質してしまい終わる世界だろうと、
どちらも愛し慈しむもの。
喩え、世界が静止してしまったとしても。
闇に沈んでしまったとしても。]
[ケープを脱いだナデージュの姿が遠ざかって、見えなくなって、しばらくして。
スーの視線は彼女が去っていった方とは別のところを向いていた。
倒れた椅子、割れた花瓶、緩く道をつくる赤の雫。
自分が壊してしまったものの方を]
……。
[花瓶の破片がある方へと手が伸びる。
届かない。
壊したものを拾い集めるのを投げ出して、
ちっぽけな手は頭の上に]
[やがて、道具一式を持ってナデージュが戻ってきた。>>24
されるがまま、でいいつもりでいても。
包帯をつまんで再度、首をかしげる様子を見れば、
思いが鈍って苦しげに一度目を閉じる]
…こうかい。
しない?
きれいなきずじゃ、ないよ。
[かくして逆に訊き返す。
包帯の下に隠されたのは鋭い何かで抉られたような傷、一筋。
それを見てしまって構わないのか、と]
びっくりするのはしょうがないけど。
触れるな。
[キャスケットを捨て、伸ばされた手を打ち払った。
はあ、と熱いため息が漏れる。
彼をにらむ。
挙げた手をそのまま矢筒へと。]
お前は……おかしいよ。
[矢を一本取り出して、握る。]
なんだい。
[彼が衣服を脱いだ時、振り返りはしなかったけれど。
できれば気のせいと思いたかったけど。]
そうか。
[友は、人間のままだった。
それは、ランスにとっては、せめてもの救いと思えた。]
……。
[はたと思い出す、友と、最後に交わした言葉。]
すまない、用事を思いだした。
すぐに戻る。
[言い残し、紅い翼を羽ばたかせ、急いで向かうのは、2階にある自分の部屋。]
[傷に、綺麗も醜いもあるのでしょうか。
深い浅いはあれども、傷と言うのは誰にとっても等しく傷であるものだと、わたしは思います。
大丈夫、と、告げるように小さく頷きました。
そっと手を伸ばし、包帯を解きます。
真っ赤な傷に触れないように、慎重に解いていきます。
解き終われば傷の周りを湿らせたタオルで拭います。
ゆっくりと、ゆっくりと、スーさんが痛みを感じないように、慎重に。
それにしても、こんな傷、どこでついたのでしょう。
わたしの病は左の瞳から進行していったものですが。
こんな、抉られたような傷、この村で暮らしていて、つくものなのでしょうか。
ずっとスーさんはこの傷を抱えて、過ごしていたのでしょうか。]
[或る程度を拭い終われば、わたしは道具箱を開き、比較的清潔なガーゼを取りだしました。
それを傷にあてると、片手でおさえたまま、スーさんの手を取ります。
その手をガーゼに導けば、おさえていてください、と声無く告げたでしょうか。
スーさんがその通りにしてくれれば、次は包帯です。
ガーゼが落ちない程度で大丈夫なのですが、なにぶん、人間の頭と言うのはなかなかに大きいものです。
真白い包帯を取りだすと、少し、強めに巻いていきます。
圧迫止血だとか、そういうやつです。
詳しくは知りませんが。
ガーゼがずり落ちないのを確認すれば、包帯の端と端を縛り、処置を完了とします。
医学的な知識は持ち合わせていませんが、それでも、毎日自分の包帯を巻いていますから、包帯を巻くくらいなら朝飯前なのです。
具合はどうでしょうか、と、尋ねる様に、スーさんに向けて首を傾げました。]
[睨まれ、拒まれ。
寂しげに瞳が揺れるのは、カインの記憶のせい。]
なんだい、って……何が?
[薄く微笑み、何にも気付いていない振りで返す。
おかしいと、普通の感覚ならば思うのだろう。
腐ったような、異常な色をした腹部に。
諦めが過ぎた様子に。
けれど、何も、おかしくはない。
カインという死体に入り込んだ、世界の滅びを仕組んだ当人からしてみれば、何も。]
[なにかの、報せのようなものを感じた。
窓を開け、部屋に入れば、そこには木箱が置かれていた。
開けてみれば、そこには薄紅色のリボン細工が───]
……ドワイト……。
[添えられていたカードを見て、また胸が締め付けられた。]
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