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思い出せなくて、
ごめんなさい。
あなたのこと、思い出せなくて、ごめんなさい。
[浮かぶ情景はあるのに。
ランスの胸の中で、言の葉をぽつりぽつり零す。]
[――しゃらり。
ふつうの状態ならば好奇心をかき立てられるその音にもやはり、振り返らない。
何かを諦めるように閉ざしかけた瞳が、]
――…っ。
[見開かれる。
抱き締められていると、分かったから>>64]
は、…はなし、て。
[ぴくり、と肩が跳ね上がり、嫌がる子のように首を左右に振る。
けれどそれも、ナデージュが掠れた声で“だいじょうぶ”と告げるまでのこと>>65]
[それは、色付く記憶の中の綺麗な声とは違っていたけれど。
身体に染み渡って荒れたこころを落ち着かせてくれる、そんな声だった]
………。
[だらり、と左手が下がり床に落ちた。
赤く染まった顔の右半分があらわになる]
お、っと?
[受け取ろうとしたそれが、やや強引にポケットに押し込まれた。
しわくちゃになってしまうのでは、とお節介が過ぎるが、本人は気にしていないようなので、こちらも気にしないでおくことにする。]
楽しみ、か。
[何が書いてあるのか、今すぐ目の前で中身を読んでやろうかという悪戯心を押し込めて、指先の煙草を再び口元へと持っていく。]
それじゃあ……どーする。
[それは、まだこの廃屋を探すかとか、まだこの近い姿勢で居るべきかとか、色々に向けて。]
―――――――…。
……。
[意識が遠い]
―――…。
[傷の手当てをされている、気がする。
どうして自分は怪我を負っているのだろう。
此処は戦場だろうか。
薄らと目を開けば、空には煤けた星空が。
…否、それは、灰を被ったステンドグラス]
今日は星がきれいだ。
[うわ言のようなそんな声は、エラリーに届いただろうか]
ありがとう。
[そこで再び意識は途切れ、目を閉じる。
そのまま礼拝堂から運ばれた男の身体は、
寝台へと横たわることとなる。
虚ろな意識の中、
セルマとエラリーの声がぼんやりと耳に届く]
[離してと言う懇願の声なんて、聞こえませんでした。
わたしに見えるのは、血を流して震えているスーさんだけ。
わたしに聞こえるのは、耳元で鳴る髪飾りの触れ合う音だけ。
血に濡れたスーさんの右手を、そっと片方の手で取りました。
細くて、小さな手でした。]
………だいじょう ぶ だから
[そっと、隠されていた顔に、自分の顔を近づけます。
こつり、と、額と額を触れ合わせて。
わたしの顔の左半分の包帯が、赤く染まります。
包帯越しに滲みた赤色は、わたしの灰化した皮膚に触れます。
じんわりとした痛みに、そっと目を伏せました。]
…………
[大丈夫です。
スーさんの"痛み"に比べたら、全然、なんてことないのです。]
――っ
[セルマが忙しげに治療を施す中、うわ言のように、呟かれた言葉。反射的に上を見る。常ならぬ程に俊敏な動きだった。
けれど、そこにあるのは灰と埃をかぶったステンドグラスだけ。
星空など、随分と長いこと見ていない]
――、――
[まるで言い遺すかのような例の言葉に、男は表情を硬くし、司祭を覗きこんだ。大柄な男の身体が、影を作る]
さっき言っただろう、俺は"諦めた"んだって。
[主体性の無さの理由を述べ、ゆるいという評価には、へらりと笑って見せる。]
うん? 帰りは任せるって、どんな方法で――……っーう!
[尋ねられ、引いてきている背中の具合を確認するように、腰を曲げてみれば。
走った痛みに、固まった。
とはいえ、動けない程ではない。
少し休むか湿布でも貼れば、よりマシになる程度。]
[トロイと名乗る研究者に尋ねたかったことは、
沢山あったが。
一番聞きたかったのは、
魔物化の進行を食い止める方法だった。
少しでも何か、可能性があるならば。
例えば腕を切り落としてでも、可能性があるならばと。
救いたかった孤児の子は、既に死してしまったが]
――――――――〜〜〜ッ。
[ぼんやりとした思考は、強い痛みで遮られた。
セルマが傷口を処置してくれているのだろうか。
顔を顰めてから、男は再び薄く目を開ける]
嗚呼、 ああ…。 びっくりした。
すまないね、なんだか情けない。
エラリー君、と。セルマさんか。
ろくな歓迎も、できないで。
[何処か覚束ないまま、二人へ謝罪を。
男を覗き込んでいる青年の顔が、丁度狭い視界へ入る]
…なんて顔をしてるんだい。
私は、大丈夫。
[笑顔を作ろうとして、苦笑になった]
……いい。
謝らなくていい。
逢いたかった、ずっと。
[あの日───
途切れそうだった命の糸が、繋がった日。
誰よりも真っ先に、元気な姿を見せたかった。]
ありがとう、戻ってきてくれて……。
方法は、そうだな、秘密だよ。
君には目をつぶっててもらわないと、ちょっと困る方法。
[痛みに固まっている相手の様子に肩をすくめて、今いる部屋を見渡して。
ベッドに近づき、掛けてあったシーツをはがして、ベッドの下のリネンを取り出してはがしたものの代わりにかけた。
灰が吹き込んでるとはいえ、室外にいるよりはましだろう。
彼の手を引いて、そこに座らせた。
己もその隣に腰掛ける。]
ちょっと横になった方がいいねー、君は。
[両手を組んで、うーん、と背伸び。]
――――お。
お目覚めかい、王子様?
[自分のペースを再び備えた女は、冗談めかして司祭へ話しかける。
振り向きもせずもうひとりの男へ手で合図して、鎮痛剤を持ってこいと示す。]
なにが大丈夫なもんか。
そんだけぱっくり傷が開いてりゃ、馬でも鹿でも涙が出るよ。
[ぎざぎざの傷口を手当てしながら、怪我の理由に思い至っていた。
人外となった少年の死体。
三つ編みを振って頭から追いやる。]
[目を合わせる勇気はまだ持てず。
触れ合う自分の手と、ナデージュの手をぼんやりと見つめていると、]
っ!?
[――こつり。
気がつけばナデージュの顔がすぐ近くにあって、
赤に触れたところからナデージュもまた赤に染まっていく。
彼女の包帯の向こう側がどうなっているのかは知らない。
知らないけれどきっと、自分の傷のように醜くはなっていない、と。
そう思っている。思い続けている。
顔に包帯を巻いた者同士でもそこが違う。
おそろいだけれどおそろいじゃない。
けれど、今の二人は、そう、]
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