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嗚呼、空の散歩か。良いね。
[思わず零れた声は、何処か少年のようでもあり。
かつて友人と眺めた青い空を想い、瞳を揺らめかせる]
それなら…、
[少しは当たる可能性がある色を答えれば良かったと。
その言葉は呑み込んで苦笑し、
嬉しそうにはしゃぐ少年の頭を撫でた。
…眠りについた彼は、今日は少し幸せそうな顔をしていた]
ありがとう。
よく外を歩いたから、疲れたのだろう。
[少年をベッドに運ぶという友人の言葉に頷き、
ありがたく手を借りることにした。
寝台へ運び寝かしつけ、
頭にさしていた灰色の羽根は枕元へそっと置く]
身体的記号を呼び記号にするのは一時しのぎだねえ。
それを選択することは君の本質を表現する記号になる、とも考えられるのかな。
ねえ、君、この世は記号だらけじゃないか。
ところで、私は例外的にあの鹿を名前で呼ばないことがある。
なぜだか分かるかい?
だってね、意味がないんだよ。
彼はね、手紙を食べてしまうから。
[カインの方へ視線をなげながら、めええ、と鳴いてみたり。]
[腐海に沈む酒場の店主の姿を見て、男は久しぶりに漠然とした寂寥感に包まれていた。襲い来る感情の揺り戻し。
あの店主本人に対しては大した感慨などない究極、どうでもいい。
そう思っていた。
けれど、あの店であったことは未だに心に残っていたようだ。
校了した時の編集の顔、連れ回されたあの夜、勝手に飲んだくれて――]
[口元を引き結んで、男はペンを取り出した。分厚い手のひらを敷きにして、紙とともに歪んだ文字を穿つ、やがて]
思い出の切れ端だな。
[自嘲気味に、男は口角を上げた。
似合わない詩的表現が、灰に溶けた]
[おそらく花など咲きはしない。
分かっていながら、夢のような会話を交わす。
けれど、それだけでも随分と心が救われる気がしていた。]
そうか、外を。
[友人とともに少年をベッドまで運ぶと、その髪を、一度だけ撫でた。]
なあドワイト。
あとで、裏庭を見に行かないか。
まぁ、人が増えてくれば通用しない判別手段だしなぁ。
「片腕が無い」「男性」って記号にするとこの場じゃ俺一人だが、
片腕が無い男性が何人も居ればじゃあどうやって判別する、って話だし。
…人が増えれば増えるほど、判別に要る記号が増えて行く。
・・・記号で足りちまうのが問題だけどな。今は。
[弱冠しんみりしかけた所で、少し気になる問題を出されて。
どんな理由かと期待した後、答えを聞いてつっこんだ。]
いや、それ山羊だよな!手紙喰うのって山羊だよな!?
[ヤギとシカとの間には、結構深い溝があったはずで。
それ以前に、獣人は手紙を食べないだろうと言うツッコミは本人に任せる事にした。]
[パースさんとカインさんの注文に、笑顔で小さく頷きます。
それからもう一度、ちらと隻腕の彼の方も伺って。
マスターの様にシェイカーを使う事はできませんが、混ぜて作るお酒だったら作れます。
味に五月蠅かったマスターのおかげで、お酒はきっちりと瓶で保管されています。
灰のせいで、味が落ちている事はないでしょう。
グラスの一つ一つだって、しっかりと磨かれています。
いつだって、お客様をおもてなしする準備を、マスターはしていたのです。]
………
[そんな事を考えながら、カインさんへのカクテルを作りました。
パースさんへは、木苺のお酒をソーダ水で割ったものを用意します。
先ずはカウンター席のカインさんに、と。
グラスを彼の前に置いた時に、カウンターテーブルに落ちた水滴を見て、わたしはまた、泣いている事に気付くのでした。]
[少年の頭を撫でる友人の姿に目を細める。
終わろうとしている世界の中で、場違いに穏やかな時間。
これがずっと続くなら、どんなに良いことか]
そうだね。よく探せば、蕾があるかもしれない。
[裏庭へ行こうという提案にうなずき、そして]
よく、お休み。
[少年に布団をかけ直し、静かに部屋を後にする。
他人には食べろ食べろと言う割に、
男も食が進む方ではない。ここ最近は、特に。
食事を終えれば、残りは皿へ移して棚へ取り置く。
酒場への見舞いと、
エラリーが万が一来てくれた時の為のもの]
[…出て来た彼女に気付くのは、二人が注文した頃だったけど…]
…んー。
申し訳ない。
酒を飲んだ事が無いので、何時潰れるか分からないし遠慮しとく。
[…アルコールと言えば、自分にとっては試薬か溶媒。
飲むお酒なんて高級品、そもそも手自体届きません。]
………
[…涙を見れば顔を伏せるも、かける言葉は浮かばずに。
結局何も言えぬまま、黙って座っておりました。]
[食卓に戻り、食事の続きをはじめるが]
もう食べないのか?
[ここ最近、友の食がやけに細いのが気にかかる。
そのくせ自分にばかり、もっと食べろと言ってくる。]
ドワイト、これも。
[棚へ移されようとしている皿に、半分にちぎった、硬いパンをのせる。
別に、友に準じたわけではない。
このところ、あまり食事が美味しいと感じられないのだ。
食卓では、いつも「美味しい」と口にしてはいるけれど。]
ほんじゃ、まあ。行くかね。
[ぐっと背伸びをして、椅子から思い切りよく立ち上がる。
こんな動作にもだるさを覚えてしまう、原因の灰が忌々しい。
世界全体に充満しているというのも気にくわない。
避けられないその要素に対抗している、生き残り達――気分は戦友だった――彼らの姿を、見付けようではないか。]
さ。ちょいと散歩がてら、行ってみようじゃないさ。
そうそう、灰よけの日傘あるから、好きなの使っていいよ。
[パステルグリーンの傘を自然に手にする。
少女は傘を使うだろうか。
扉を開ける。
湖の反射する鈍い光が、ともすればささくれ立ちそうな女の心を癒していた。]
[困りました。
辛い時でも、お客様をもてなすときは笑顔でいろ、と、マスターは言っていましたから。
だから、本当は、泣いていてはいけないのに。
このお店にお客様がいる以上、わたしは泣いてはいけないのに。]
………、
[戸惑うわたしの指先に触れたのは、可愛らしい紙に包まれた飴玉でした。
わたしは涙を流したまま、カインさんの方へと瞳を向けます。
もう、子供じゃないんですよ。
わたしに声があったなら、そう言っていたでしょうか。
けれど今のわたしが返せるのは、泣き笑いになってしまった表情だけ。]
[それから、カーディガンの裾で涙を拭えば、お盆にパースさんの飲み物を載せました。
カウンターを出る途中、甘いソーダ水の瓶を一本と、空きグラスを一つ取ります。
中身の入ったグラスはパースさんへ、ソーダの瓶と空きグラスを隻腕の彼へ。
ソーダの瓶は栓抜きの不要な瓶ですので、あまり握力に自身の無いわたしでも一安心です。
彼の前で栓を抜くと、ぷしゅ、と心地よい音が立ちました。
掌を彼の方に向けて、どうぞ、と、促します。
それからわたしもカウンターの方へと戻ると、カインさんから少し離れた場所に腰掛けました。
途中で、教会のあの子に貸していたケープをちゃんと、回収して。]
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