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― 水辺 ―
[あまり、穏やかな眠りとは言えなかった。
得体の知れない何かが、夢の中で少女を追い立てている。
掌から「星」の入った包み紙が零れ落ち、草の上に着地して湿った音を立てた]
……… っ、
[少女は「星」を拾わない。
空へ向けて僅かに右手が持ち上がる]
−つぎのあさ−
[朝から、潮風に混じって小麦の焼ける匂い。
解体されたココナッツとパインの調理もすすんでいるらしい。
パイナップルの芯はジャムに。
実はパンに刻んでくわえたり、一部はパンを焼く酵母の種。
ココナッツも既にミルクと果肉に分けられていて]
…誰か、ちょっと食べに着てくれたらいいのに。
[出来上がるだろう食事の量に溜息一つ。
最早一人分の食事量ではなかった。
それでも手は動き、ココナツミルクに足すのは
残り少なくなってきた天草を幾らかばかり。
溜息一つとともに、焦げ付かないように鍋を揺すり
消えていけば火から下ろしてゆっくり冷ます]
[と、弾かれたように身を起こし、]
………暗い。
[ぼんやりと光る右腕の星を見て、
星がいくつもいくつも瞬く頭上を見上げ、
それでも暗さには慣れず、辺りを見回して誰かが倒れている?ことには気付くも、]
だあれ? だいじょうぶ?
[その正体までは分からず。
おもむろに立ち上がると、目をこすりながら「誰か」に近付いた]
[その時、少女は運動をしていた。
ずっとお昼寝をしているか、花冠を作っているかというわけではないのだ。
広いお花畑を、走って、走って、時々スキップしてみたりして、疲れたらそのまま転がって]
あれえ?
[ばたん! と倒れるその時に。
視界の端に誰か見たような気がした。
お花畑に倒れこんだまま、ころころ転がって、ぱちぱちと瞬き]
グレイちゃん?
どうしたのー?
ハル。
[うららかな季節と同じ名前の花守。
舞い踊るように駆け回るのに合わせて花々が揺れる。
優しい香りが陽光に絡まり眠りを誘う。
いつものように渡り鳥は目をこすりながら]
おはなばたけが、きもちよさそうだったから。
ここはいつも、とても、あったかい。
[そして少しだけ、眩しい。
目を細めるとより眠たげな表情に見えるか]
[昨日の肉を薄く削ぎ、皿の上に。
刻んだココナツを焼けたばかりのパンで挟む。
出来上がったばかりのパインジャムも挟んで。
こうして出来上がっていく朝の食事]
…今日の検証も成功。
[そんなことを呟いて、外のテーブルへ向かう。
トレイには検証結果と呼んだ食事の皿と
飲み物の入ったカップ。
誰かが近づいてくるとも知らず、海を眺めて優雅な食事]
― 少し前:海岸線の家で ―
[どうやらパイナップルはシンのお気に召したらしい。>>19
安心してほっと息を吐きながら
その言葉の端を拾って、冗談めかして頬を膨らませる]
難しくない…… それは皮肉か?
私にとっての料理とはとてつもなく難解なものだぞ。
[この場所に来て数ヶ月。色々なことを覚えたが、
料理だけはどうしても駄目だった。
センスが絶望的に欠落しているらしい]
クランベリー……ふむ。
分かった、捜してみるよ。 それじゃ。
[脳内にクランベリーの姿を思い描きながら、建物に背を向けた。
赤くて円いころころを、樹からぷつりぷつりと摘んでいく。
シンの思い浮かべたような畑の風景>>21は
まさか思い当たるべくもない*]
[潮の香り、次第に強くなる。風、髪がべたつく。
(少女たちならば、髪がべたつくこともないだろうが)
物理法則を無視した世界で、
知る範囲の常識、物理法則を身に受けながら
その一つ、空腹を抱えて、覗き込む。]
………いいにおいだね、シン
それ、一人前?……じゃないよね。
誰か、御呼ばれしているのかな。
[腹の虫が主張する。
今、仮面の泣き顔は飢えたからに見せるだろうか?]
[仮面の元には朝も夜も巡ってくる。
彼女の住処深い深い森の中を除けば、他人のセカイを等しく享受する。
季節の移ろいも昼夜の理も干渉はしないのだから、そこに春があれば春があり、秋があれば秋がある。
太陽があれば太陽を浴びて、星があるならば星を掴もうとするだろう。
就寝も食事も規則はない。微睡むセカイならば微睡む時もある。
食べるセカイがあるならば食べもする。
ただ全てを享受して廻るのだ。
そしてセカイを巡りながら一度は立ち寄るのが、例の丘。
今日も丘にそよぐ風に微かな鈴の音がしゃらりと響く]
そっかあ。
[グレイヘンの言葉に少女は嬉しそうに笑う。
ここは少女の領域のお花畑……なんて、少女自身は認識していないけれど、大好きなお花畑を褒められるのは悪い気分じゃなかった]
今日はとてもいい天気だもんねえ。
ひなたぼっこのお昼寝日和だよう。
[7年前からずっと"今日"で、明日が来ることはないのだけれど。
そんなことも、やっぱり少女は認識していないのだ]
今日も知識の恵みに感謝して、
いただきまー…あ。
[トレイを前に手を合わせて一拍手。
それから一拝、顔を上げていざ食事。
と、洒落込もうとしたところで聞こえた声。
大きな口を開けたまま視線が仮面の片割れを見た]
呼んでるんじゃなくて、作りすぎただけ。
…食べてく?
[隣の椅子を引いて手招き一つ]
[―――数ヶ月前。
といっても、暦など無いからそれは曖昧な時間だが……
ここに来たばかりのミズキは、
まさしく本当の意味で「何も出来ない」少女だった。
走り方を知らず転び、
泳ぎ方を知らず溺れる。
整理整頓の仕方を知らず家はぐっちゃめちゃ、
扱う言葉すらもこどものようにたどたどしく。
走り方は笑顔の仮面の少女に習った。
何がきっかけだったか、挑んだかけっこ。
何度も転び、抜かされて
けれど、みるみるうちに上手になって、やがて勝負になって
本人はきっと、教えた自覚はないだろうけれど]
[苦手なものは何だって、克服しようと努力した。
ミズキを見守る太陽は
いつだってその努力に応えてくれた。
けれどどうしても克服できないものはある。
たとえば、料理。
そして、 いま目前にいる「星」の少女]
[今日は――その言葉に渡り鳥は少し表情を曇らせる。
それを欠伸のふりをして誤魔化して]
うん。 いいてんき、ね。
おはなもげんき。
[この花畑では花は太陽だけで綺麗に咲き誇る。
雨の恵みを欲してしおれる事もなく、ずっと]
ハルは。
つめたいおみず。
のみたくなったり、しない?
[彼女……少年のような姿で
華のない箇所に住んでいるが、それでも少女、だ
に、声をかけたのは、ちょうどいいタイミング
と、言うべきか、どうか。
屈託なく大きな口をあけたシンの視線がこちらを見た。]
[肉にパンにココナッツにミルク……ココナッツミルクだろう
それに、何かのジャム。
見知った台所と違い、もっと素朴な環境で
よくもこれだけと、驚き半分]
…………おや、おや、いいのかい?
僕には御代になるものはないよ?
強いてあげるなら、
カスミの星ぐらいか
[羨望半分、手招きされれば、
そうは言いつつも、するすると入り込んで
おかれたいすに腰掛けて]
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