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[もう一つの手がかりは、与えられる本だった。
外を眺められない日も、ずっと読んでいた。
請うままに、与えられた本は種別を問わない。
辞書であったり、図鑑であったり、美術書だったり。
時には国籍すら本は超越して少女のもとを訪れた。
全て、それらは幽霊の住んでいた部屋に置き去りのまま]
[病院は、少女にとってはこの延長線だった。
車に乗せられて、訪れる場所。
硝子の向こうに見える世界。
触れることの、出来ない世界。
生まれて、死ぬまで、触れられることのない、世界]
[いつからだったか、覚えてはいない。
夢を見るようになった。
夢の中の自分は、海に入ることが出来た。
砂浜を歩いて、流れ着くものを拾い
調理も、裁縫も、走ることも、何でも出来た。
幽霊の自分とは、違った。
外に出ることは勿論、したいことも出来ない。
すぐに寝込むようなこともない。
動物に触れても、体がおかしくなることもない]
−海岸線の家−
[着替えて戻ってきた時には、ミズキの姿は無かった。
用意した食事や、甘いもののトレイをテーブルに置く。
渡り鳥が、こちらを見ていた。手が触れる。
勢いを以って振りほどけば、簡単に解けそうな小さな手だった。
ただ小さく、喉が震えた。
流れ着いた着物に囁いた言葉と同じ]
───いや、
[小さな声。
消えてゆく、存在]
[海岸線の家は残っていた。
少女の作ったものも、磨いた夜光貝も、食事も。
何度も海に戻されていたバケツの小さな蟹と
籠の中にあったはずの白藍の着物だけが
少女の世界から、消えていた**]
−病室−
───、─。
[機械の音が、聞こえていた。
潮騒の音は、もう聞こえなかった。
ゆっくりと開いた視線の先、
覗き込んでくる存在に瞬きを少し繰り返す。
喉がひりついて上手く出てこない声。
おぼろげな世界、家ではないことだけを視認した。
白い袖口から伸びた先の手を、緩く見やる。
酷く痩せてはいたけれど、シャルと名乗った女と
あまり変わらない大きさの手にそれは見えた**]
[グレイヘンが二人の手を取る。
解けていく身体を前に、私は少しの躊躇の後に
ローザの前に身をかがめる]
ローザ、その髪飾りはキミが持ってお行き。
嗚呼、超えては持って行けないのだろうけれど
それは、ボクがキミに委ねたものだ。
また来たときに迷わぬように。
キミを忘れないように……
……全てを見せてあげられなくて
ごめんね。
[ぎゅうと抱きしめて、消えかかる手に己が手を宛がって
耳元でナニかを呟いた]
ソラの子はどこへ行くのかな?
ボクは…うん…しゅうかくを届けに行こうと思うよ。
忘れん坊なあの子が忘れないうちに…ね。
[ミズキやカスミは気にならぬ訳ではなかったが、彼女が向かったセカイは私にはわからなかったから。
それに私は彼女を【見続けた】。その眼で駆け征く姿を……
ローザと異なり、彼女の姿は見えなくなることもなく、己が足跡をこのセカイにしっかりと刻んでいた。途切れることのない繋がるセカイを。
ならば…セカイが導くのならば、また逢うことも叶うだろう。
二人だけの紡ぎを経て舞台に上がる太陽と星の輪舞を、この目で観ることも叶うだろう。]
ああ、ソラの子
叶うならひとつ訊かせておくれ。
このセカイの子じゃない子たちが
このセカイに居続けてしまうのは
やっぱり重荷になるのかい?
[この場で別つのか、共に行くのかはわからぬが……
そう、グレイヘンに問いかけた。
脳裏に儚く消えるローザの姿を巡らせて]**
─ 少女の幻燈 ─
夢の世界はね、全部が繋がってるんだって。
昔の偉い学者様が言っていたの。
……って、本に書いてあっただけだけど。
[夢の木陰で寝そべって、この子の髪を撫でながら小さく舌を出す]
ちょっと怖いけど、ステキよね。
だって、みんなの夢と私の夢が繋がってるっていうんだもの。
ダハールの夢にも行けるのかな?
[夢はいつも一方通行
この子が私の夢に来て
私はこの子を出迎える
この子が私の夢から出て
私はこの子を見送るの
嬉しいけれど、ちょっとずるいなって……
この子は私の夢を知っていて
私はこの子の夢を知らないのだから]
遠く離れていても
大好きな人と夢で会えるなら
怖い夜も怖くないよね
暗い夜も暗くないよね
[私の夢にはこの子しかやってこないけれど
この子の夢にはもっとにぎやかなのかしら?
もっとたくさんの、この子の大好きな人たちが
やってくるのかしら?
── 柔らかい頬を指でつま弾く]**
無理に声を出さなくていいのよ。
ずいぶん長く声帯も使っていなかったのだし。
[手早く点滴の準備をし終える。
何年夢の中にいたのか、白く細い手に点滴をいれるのも慣れたもので
苦戦することはなかった]
ここがどこだか、わかる?
[ゆるり、首をかしげながらといかけた]
…、
[長く、という言葉に触発されるように
今の日付が分かりそうなものをおぼろげな視界で探す。
けれど、はっきりいくつから眠っていたのか
少女の記憶にはないこと。
自分が、十年近く眠っていたことも知りはしない。
場所を聞かれると、少し頷いた。家ではない。
点滴がやがて視界の端にぶら下がった。
だから辛うじて、ここが病院だとわかった]
………ん、
そりゃあ、道化師さん、驚きますよねえ。
[少女が探していた相手が、こうもあっさり目の前に現れたのだから。
いや、それだけではない、か。
こうしてつかまえられてるのもあるだろうし、
そもそも自分と、花水木の少女、
ふたりの間の「やりとり」を知らないがゆえの疑問もあるかもしれないし。
だが、今の少女にあれこれ説明する余裕はなく。
泣き顔の道化師のほうを振り返ると、
ちょうど指が仮面の、頬にあたる箇所を引っかいているところだった。>>27]
…………。
[交わらない視線は、眉を寄せた様子も泣きはらした目もとらえない。>>23
口を開くまでの時間を稼ぐように、ぱちぱちと瞬きを繰り返して、結局、無言のまま]
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