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[丘を下ってしばらくして、目をこすりながら座り込んだ。
片翼だけでも広げれば身長に近い。
少女が背負って歩くにその翼はいささか大き過ぎた。
まるで親鳥の羽根を背負っているかのよう]
――……。
[日が変わる頃。
渡り鳥は今日の塒を探して樹の洞に潜り込むのだった。
ユメとユメの狭間で。
休息の時間が過ぎるのをただ目を閉じて待ち続けた]
― あさ ―
[どのくらいの時間がたったか。
眠たげな目で傾いた影を眺めていたけれど。
やがて水を求めて木の洞から這い出してくる。
水辺に辿り着くと両手で少しだけ水をすくって飲み。
体を小さくして、自分の翼に埋もれるように
柔らかな草の上に横たわる。
ひなたぼっこ]
[苛立っていたのはわかっていた。
怖かったのもわかっていた。
その、自分でどうしようもない憤りをただこの少女にぶつけていたこともわかっていた。
自分はこんなにも不安で怖いのに、この娘は安穏と自らのお花畑で、都合の良いセカイを作ってただ留まっている。それが無性に私を苛つかせた。
捨て台詞を吐いて立ち去ろうとしたときに、背中に受けた言葉が私の胸を打ち抜いた。]
『偽物だっていうんなら、本物なんて要らない』
[はっとして振り返った。
彼女の顔を見た。ええ、覚えてる。今でも忘れたことなんかない。
夏という言葉ににあそこまで態度を一変させたのにも驚いた。
けれど、それ以上にあの一言は鮮烈だった。あの時の私には]
認めなければなかったことにできる・
認めなければ……ことができる。
[夢から覚めて、身を起こせば、相も変わらず傍らでうたた寝をする少女が見える。
あの時の表情はどこにも感じられない、やわらかくて優しげな寝顔。
仮面を外して少女を見下ろし、その髪をそっと撫で上げる。]
貴女は忘れてしまったのかもしれないけれど
私はね、ハル……
貴女の言葉に助けられたんだよ。
それが貴女の優しさ、私が貰ったひとつの優しさ。
ただの我が儘でも、私にとっては大きな優しさ。
[彼女の眠りを起こさぬように、柔らかな春風に乗せてそっと囁く]
そしてね、ハル。
貴女は忘れてしまったのかもしれないけれど。
私はお礼も言っていないし、謝ってもいないんだよ。
貴女が思い出したなら、謝らせてね。
貴女が夏を超えて秋を駆け抜け、冬へたどり着けるのなら
お礼を言わせて?
[子守歌のように呟いて、それから彼女が起きるまでの間、ただぼんやりと進まぬ時を眺めて過ごす。
彼女が起きた頃には仮面も元通り。
しゃらりと鈴を響かせてその場を辞すだろう]
ハルの子の花冠を楽しみにしているよ。
ボクに似合う冠を作ってくれよ。
ふふ……冠かぁ
花の国の王女様になれるのかな?
その時は、ボクもハナの子に何かをあげれたらいいのだけれどね。
[そして北風はゆらりと花畑から姿を消した]*
−海岸線の家−
…どうかな、筏なら丸太とか竹とか組んだらできそうだけど
[冗談めかした声に肩を小さく竦めてみせるだけ。
籠の中を覗きこまれても止める気配はない。
けれど、上がった声にちらりと少女の見る先へ向ける視線]
そんなに難しいものを作ってるわけじゃないから
頼むなんて大仰すぎるよ。
こっちはお肉みたいだけど、何の───わお。
[魔法のようにとにかく置くから奥から出てくる食材
肉やブラックベリーまではよかったが
流石に出てきたまるまるとしたパイナップルの存在に目は丸い。
南国の果物の出会いは少女の口元をほころばせる]
抜群だと思う。ブラックベリーはジャムにすればいいんだね。
じゃあ、クランベリーが手に入ったらそれも欲しいなあ。
[懐中時計を見遣って去っていく少女、
こちらもまたその背をのんびりと見送るばかり。
遠くなった背中を見送り、籠と戦利品は家の中。
暫くすれば、芳ばしく焼ける肉の匂い。
その余熱、傍らでブラックベリーを煮詰める鍋が一つ。
以前貰ったレモンで作った蜂蜜漬けを刻んで加えたところで
少女に伝え忘れたことをふと思い出す]
クランベリーって、収穫するの
凄く大変なんじゃなかったっけ…。
[クランベリーは冬の低湿地帯に実る。
畑で纏めて収穫するならば、水を畑一杯に引く。
完全に木を水没させて揺らし、浮き上がったものを掬い上げる]
…ま、流石に畑はないよね。
[溺れる無数の真っ赤なクランベリー。
小さく身震い一つ、息を吐き出して鍋を掻き混ぜる手は続く]
[焼けた肉は大きな木の葉に包んで鍋の中。
火の消えた場所、残るうずみの熱で果物を煮る。
ココナツとパインは翌日に回したらしい。
やがて、星が一回り巡る朝には
早くからパンを捏ねる音と、オーブンで焼ける匂い。
海から吹く風に乗って、それは丘を抜けて気の向くまま]
[真実は、時に酷く残酷で。
本当のことは、少女を傷つける。
だから少女は、暖かく優しいお花畑に縋る。
季節の過ぎることのないお花畑で笑っている。
それが偽物でも、かまわない。
そうすれば、少女は傷つかない。
そうすれば、少女は幸せでいられる。
時を止めて、前に進まず。
いつまでもいつまでも、10歳の春のまま]
[お昼寝から目覚めたら、リヴリアは立ち去る様子。
少女は、立ち去る人を引き止めない。
いつもにこにこと見送るのだ。
そうしているうち、来なくなった人もいるのかもしれないけれど、少女はそんなことは覚えていない]
リヴリアちゃんにはレンゲの花が良く似合うかなあ。
うんっ。楽しみにしててねえ?
お裾分けなんて、気にしなくていいよう。
[やっぱりにこにことそう言って、手を振って見送るのだった]
[漂ってくる香りにゆるゆると瞼を開く。
小鳥はみずみずしいものが好きだ。
良い匂いだというのは判別はできるけれども。
昨日は山は秋だった。
今日は――ふるりと頭を振る。
柔らかな春の陽射しが少し向こうに広がっている。
目をこすり、気持ち良さそうな空気につられて。
渡り鳥は花畑の隅っこで立ち止まった]
はる。
― 陸の中腹 夜→ ―
[少女が夜を望めば夜に。
世界は少女の意のままに変わる。
その中で、道化師はゆるく頭を振った。]
………まぁ、いいか。
[適当な木陰に腰掛けて瞳を閉じる。
仮面をつけたまま。
端からはただ座しているようにみえるだろうけど]
――……。
[微かな残り香は北風か。
しかし何処までも花畑は春めいている。
きっと寒風に花がしおれる事などないのだろうと思う。
ちくりと何かが痛む。
寒さから逃げて、逃げて、そして他所の季節を渡り歩く。
自分の領域を持たず、他人の領域を侵す罪悪感。
それでも春は甘く生き物を誘うのだ]
― 水辺 ―
[あまり、穏やかな眠りとは言えなかった。
得体の知れない何かが、夢の中で少女を追い立てている。
掌から「星」の入った包み紙が零れ落ち、草の上に着地して湿った音を立てた]
……… っ、
[少女は「星」を拾わない。
空へ向けて僅かに右手が持ち上がる]
−つぎのあさ−
[朝から、潮風に混じって小麦の焼ける匂い。
解体されたココナッツとパインの調理もすすんでいるらしい。
パイナップルの芯はジャムに。
実はパンに刻んでくわえたり、一部はパンを焼く酵母の種。
ココナッツも既にミルクと果肉に分けられていて]
…誰か、ちょっと食べに着てくれたらいいのに。
[出来上がるだろう食事の量に溜息一つ。
最早一人分の食事量ではなかった。
それでも手は動き、ココナツミルクに足すのは
残り少なくなってきた天草を幾らかばかり。
溜息一つとともに、焦げ付かないように鍋を揺すり
消えていけば火から下ろしてゆっくり冷ます]
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