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―屋敷―
[通用口から敷地内へ入り、屋敷を見上げる。
正面2階部分に有る見晴らしの良い居間や、自分の部屋の辺りの鎧戸は開いているが、紫苑達がいつも寝ている1階部分の部屋や廊下の鎧戸は全て閉まっているのを見て、少しだけ安堵する。
が、しかし……。あの神社へと向かう集団の事を思うと得体の知れない不安が込み上げてくる。
人という生き物が、集団で動く時、それは何かを行う時。昨夜の"僕"の報告。今ここにあの集団が来たら――
早鐘を打つかの如く、心臓の鼓動が早くなる。息苦しさに顔を歪めながら、屋敷の中へと消えていった]
─夕暮れ時─
……おばさん?
神威さんのおばさん!
[神社からの帰り道、人を探している風なおばさんを見かける]
え? 神威さんが今朝から出かけたまま戻らない?
病院にもいなくて?
神威さんは……先生の補佐みたいな人だから、先生の指示で何かをしてるの……かもですけど。
いいえ、集会には出てなかったです。いたら解ります。
……もう、日も暮れるし、おばさんは家に戻った方がいいと思います。
ひとりでいるのが心配なら、神社に行くといいかも。何人か、泊まりこむ人もいるみたいですし……。
わたし、先生に会ったら、神威さんのことを聞いておきます。
――夜――
[村の電気はまだ復旧しない。蝋燭や懐中電灯、篝火が用意されたが、それでも村の夜は暗い。
村は不安に包まれていた。
日中、村のあちらこちらで、神社で襲い掛かってきたのは人間。それを村は――殺してしまった。
狂気が少しずつ、村の空気を濁らせていた。
例え、屍鬼を全て殺したとしても村は果たして――?]
― 神社 ―
[明日の段取りを話し合う]
とりあえず明日の朝一に兼正に行こう。
どんな手段を使っても中に入るんだ。
[桜子が来たら話をしたかもしれない]
―村中―
[男は数人の屍鬼と山を降りて移動し出した。闇に乗じて人々を襲い、また情報を流し合って、屍鬼狩りに対抗するために。――だが、男は途中でその集まりを抜け出した。屍鬼として村を襲う手伝いをする気になど、なれなかったからだ。
己は間違いなく屍鬼となったのだと知っていながら。屍鬼を倒す村人となる事など、屍鬼を倒して元の生活に戻る事など出来ないのだと、知っていながら。
男は村中を潜みながら進んだ。死体となっているのを確認されていない、行方不明扱いになっているだろう身故に、他の死を看取られた屍鬼よりは大胆に。されど堂々とはいかずに]
……
[闇の中を駆ける。幾ら走っても苦しくならなかった。
走りながら、男は周囲の光景を見、また考えていた。顔見知りの村人達が暴動に走る様は、恐ろしかった。杭や槌やから想像される苦痛と二度目の死も、恐ろしかった。己が異形になってしまった事が、人を殺めたという事が、恐ろしかった。
幾多の恐怖と悲しみが胸を占めていた。走り続けたのは、それらから逃げたかったからなのかもしれない。こうなった以上、その全てから逃げられないと決まっているのに。心中で呟いて、自嘲した]
─村中─
[諦めるタイミングが遅かった。わたしは不安にさいなまれながら、帰途を走る。
たいまつで照らされる人の顔は、いつもと違って、一瞬誰か解らない。誰もかれもが「よそもの」に見える]
大丈夫、急いで帰れば大丈夫……。
[昨夜のことを思い出すと、膝が震えそうになる。建物の影ごとに、あの人が潜んでいそうな気がする]
―村中―
[男はとある場所に行こうかと考えていた。神社。村人達が拠点としているらしい場所だ。考えるだけで、胸がざわざわと騒いだ。想像するだけでも、生前には神聖さや安らぎを覚えていた筈のその場所から、不穏な気配を感じた。先達に教えられた通りだった。入る事は、不可能ではないかもしれない。だがあまり奥に行ったり長居をしたりは出来ないだろう。危険なのは確実だった。
そんな場所にあえて行こうなどと考える理由は、高瀬に会うためだった。屍鬼となった事を知られたくないという思いはあった。狩りの主導者だという恐ろしさもあった。それでも、どうせ逃れられないのなら。どちらの道を選ぼうと、終わりに待つものが同じなら――]
……、
[結局、一番の理由は、単純に会いたいからというものなのかもしれないが。そう考えては、眉を下げて笑った。同僚達や、ハルや、母や――幾つもの姿を思い出し]
……っ、
[足を竦ませた。神社に辿り着いたからではない。その様はまだ全く見えなかった。思い浮かべた姿の一つが、視界に入ったからだ。闇の中、立ち止まった男に、その姿は、桜子は気が付いただろうか]
[屍鬼と変えられた村の者たち。命令に逆らえば――制裁が待っている。
自らの意思で嬉々として従っている者もあれば、仕方なく従う者もいる。
新しく屍鬼となったばかりの者の動向には特に気を配るよう、"忠誠心"の強い者を中心に厳命してあった。
何かあれば、責任を持つ者が罰を受けることになる。
新入りの姿を見失ったとあれば、血眼に探すことだろう。
人間を見つければ襲い、さらに"それ"に人間を襲わせる。
それとは別に、高瀬は最優先で襲うよう命令が出されている]
……?!
[ふと、わたしの足が止まった。
背の高い……男の人。わたしはとっさに、「よそもの」が追いかけてきたという恐怖に襲われる。小さな手下げに隠した木杭に手を伸ばす。
……でも]
……ぁっ……。
神威さん? 神威さん!!
[わたしはほっとして力を抜いた]
神威さんも「狩り」に参加してたんですか?
……こんな時間まで。お昼も食べてないんじゃないですか?
おばさんが心配してましたよ。
早く戻るか……神社に行ったらいいと思います。おばさんにもそう勧めましたし。
[桜子に、会えて嬉しいという気持ちはあった。だがやはり同時に、会ってしまったという感覚もあった。己は死んでしまっている。桜子はまだ生きている。生と死の狭間を、強く感じた]
……桜子ちゃん。
[ぽつりと、名前を呼び返し]
今晩は。……いや、私は……
ちょっと、別に様子を探っていたんだ。
……母さん、……そうだね、心配しているだろうね。
[生者であるように装って、言葉を返す。母について触れられれば、一瞬、寂しそうな目をしながらも]
神社に……先生は、今も神社にいるのかな?
……先生にも、暫く会えていなくて。
あ、やだ。……わたしったら、挨拶もしないで。
今晩は!
[わたしは、ぺこりと頭を下げた]
[仮にも、わたしは村の棺桶製作を一手に背負っている家の娘だ。どこで誰の葬儀があったか、あるかは把握している。
製材所で、神威さんの名前を聞いたことはない。聞いたらすぐに解る。
だから、わたしは神威さんを一片も疑っていなかった]
そうなんですか……何か危険なことをしてたんですね。
……ごめんなさい、わたし……。
本当に今日の今日まで、何一つ信じてなくて、自分の今までを守るのに必死で……。
でも、今は少し、解りましたから!
わたし、協力します。
[神威さんは、先生のことを聞く。何か報告でもあるのだろうか]
神社を拠点に動いてらっしゃるみたいなので、いる可能性は高いと思います。
でも、はっきりとは……。
[わたしはわたしを守ってくれる家に帰りたかった。
でも、そこへ行くまでの暗闇も、「今わたしは家にいない」という事実と同じくらい怖かった]
神威さん、一緒に神社、行きます?
……いや。私だって、大した事はしていないよ。
屍鬼の話も、なかなか信じられなかったし……
とにかく、これからを頑張らないとね。
桜子ちゃんには、無理をしないで欲しいけれど……
[そう言ったのは、本音だった。桜子が凄惨な光景を見たり、あまつさえ己の手を汚したりするというところは、想像したくなかった。少なくとも前者は、もう手遅れなのだろうが]
そっか。……
うん、行こうとしていたんだけれど……
[口ごもる。実際に神社に向かおうとしていたところではあったが、改めて確認されると、やはり躊躇われるものがあった。とはいえ不自然な態度をして悟られるわけにもいかず]
……そうだね。まだ少しやる事があるから……
近くまでしか行けないかもしれないけれど。
[曖昧な肯定を返す。会う事は叶わずとも、せめて伝言が出来たならいい。そんな事を、考えて]
[気遣い>>68が嬉しかった。でも、わたしは静かに首を振った]
今は無理をする時だって、解ったんです。
今さえ、頑張れば、早く元に戻れる時なんだって。
[手下げに思いを馳せる。人を刺したことなんてない。たぶんすごく力がいる作業だろうとは思う。自分に出来るかどうかは解らない。腕力的なことだけじゃなくて、性格的なものでも……。
それでも、わたしは無防備ではない、と思うことは、わたしに力をくれた]
……よかった!
本当は心細かったんです。
[わたしは、愚かにも神威さんの微妙な話ぶりには気付かなかった。
ただ、この状況なら寄り添って歩いても不自然ではない、ということが、不謹慎ながらも嬉しかった]
行きましょう。
[わたしは神威さんの傍に駆け寄り、……一瞬ためらった後、その袖を握った]
……そう。
[力強い返事を聞けば、頷く事しか出来なかった。桜子はこの異様な状況に精一杯対応しようとしているのだろう。ならばせめて、その思いが壊れる事がないようにと祈った。
屍鬼などという存在になって、神や仏に祈るというのか。そのような思いも、頭を過ぎったが]
こんな状況だからね。
大の大人の私でも、怖いくらいだから……
なるべく、一人では出歩かない方がいいよ。
[気恥ずかしがるような表情を作りつつ、そう注意して]
うん。じゃあ、一緒に行こう。……
[手が伸ばされれば、肌の異様な冷たさに気が付かれはしないかと、ふっと緊張したが。袖を掴むのを見ればひとまずは安堵して、ゆっくりと道を歩き始めた]
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