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あ、……ああ、ただいま。
[本人にもわからないことが、自分にわかるはずもない。
そこに在るなら、それでいい。
受け入れようと、そう思った。
――ただ一点を除いて。]
聖杯戦争は終わったのだ。
俺はもうマスターではない。
……その呼び方は、やめろ。
[――その言葉が持つ意味をと理解するには、数瞬が必要だった]
あ……はい。
判りました、延――……これで、宜しいですか?
[――自分に叶う限りの笑顔を浮かべて。
もう、自分のマスターではなくなった男にと、首を僅かに傾けてみせた]
うむ、まあ、よかろう。
[慣れない感覚に戸惑う。
日常に帰ってきたはずなのに。
非日常が日常を侵食して。
新たな日常を形成する。
――それも悪くない。]
シエラ、これからも宜しく頼む。
―漆路山―
[木々の間から、月明かりがうっすらとさしている。
見上げれば、下弦の月が夜空に浮かんでいた。]
…なげきとて
月やはものを…
[ぽつりと呟き、そのまま月を見ていた。]
(月のせい…?それとも…)
[そのままそこに、ずっと立ち尽くしてしまいそうで。
頭を軽く振って、森の出口に歩き出す。]
[ふと、歩き出す向こうに、人影が立っている気がした。
目をこらして確かめようとするも、逆光のせいで判別は出来ない。
けれど――]
……あ…。
[言葉が出なくなる。
何故か――
その人影は、見知った人物のようで――]
なんだ。
[月明かりを背に、男が一人立っていた。
その姿は見覚えのある着流しで、何かが違うとすれば。
無い筈の腕が、そこにある程度だろうか。
腕を組んだまま、ゆっくりと人影は近づいてくる。
一歩近づく度に鮮明になる輪郭。]
一緒に帰るんじゃ、なかったのか?
[目の前に近付いてくる男を、言葉も無く、見つめる。
それは柔らかな月明かりのせいで、どこか幻想的に見えた。]
……夢、かな…。
[一言ぽつりと呟き、そっと手を上げて、相手の頬に触れようとする。]
そうだな、夢かもしれん。
俺が見た夢なのか、アカネが見た夢なのか。
[信長の頬に、茜の指先が触れる。]
だけど、それも叶ってしまえば。
[その指先を、信長は己の手で包んだ。]
唯の、何の変哲もない現実だ。
[指先から、確かな感触と温度を感じる。
それは―― 存在の証。
その感触に、息を吐き、目を閉じる。
何か言いたくて
何も言い出せなくて
もどかしくなって、相手の胸に顔を埋めた。]
……。
[何を言うでもなく、胸を貸す。
波旬となってから、負けて一度消えるまで。
アカネがどれほどの思いでいたか、わからない筈が無い。
自分がした仕打ちを考えれば、この程度ならば安いものだろう。
己の胸に押し付けられた頭を、くしゃりと撫でた。]
さて、帰ろうや。
飯……作ってくれるんだろう?
ああ。
……とにかく今は、眠りたいな。
[差し出された手を取り、軽く握る。
それと同時に感じる眠気が、自分が受肉しているんだと感じさせてくれる。
そしてそのまま、どちらともなく。
静かに月明かりの下を歩き出した。]
―― ??・??? ――
[ 暗い、深い、闇とも夢ともつかぬ処にいた。
何も見えぬ中、ただ、大事な人物が苦しんでいるような気がして、何かを伝えようとした覚えはある。だが、何を言ったのか、伝えられたのかは定かではない。
しかし、もう大丈夫だろうと、不思議と確信できていた。だから――]
――このまま、上がっていけば、いいよな。
[ そんな結論が、出ていた。
やわらかい浮遊感。これでいい。これで、終われる。そう思ったとき、誰かの声が聞こえた気がした。
――そっちじゃ、ねぇだろ。]
―― 教会・治療室 ――
[ 意識が光に包まれたような錯覚と共に、治療室の白いベッドの上でツカサは目を覚ました。]
ん… あれ。
[ 死んだつもりだった。あの時、左之助をかばって負った傷はあきらかに致命傷。なぜ、こうして生きているのか。いや、それよりも…。]
一文字?
[ 慌てて自身の相棒の名を呼ぶ。しかし、目の前にいた人影は呼んだ人物のものではなく――
――おはよう、あなた。]
―― 教会・治療室 ――
[左之助は教会に到着し、治療室へと入った。
ワゴン内の治療であちこち包帯だらけになったが、どうにか槍の支えなし無しで歩けるようになっている。
ふと見ると、目を覚ましたらしいツカサの姿と、写真で見た女性の姿が目に入った。
どうやら全てうまく行った様だ。]
おーおー今、お目覚めかい?
まあ、もう全部終わっちまったから、お前は起きてもやる事無いんだけどな。
[そう言ってにやりと笑いながら、ツカサのベットに近づいていく。]
[ 頭の中が、真っ白になった。
やさしく声をかけてくれたのは10年前に亡くしたはずの梧桐愛香で、そして扉をあけて入ってきたのは、この数日の間ずっと命を共にしてきた原田左之助だったのだ。]
な、え…?
[ 少しづつ、頭が理解をはじめる。全部終わったという左之助の言葉。目の前に確かに存在する梧桐愛香の姿。それが示すものはなにか――]
この、一文字…っ
[ 辿り着いた結論に身を動かそうとする。ずきりと痛む身体。激痛に顔をゆがめるもなお這いずるようにして半身を起こすと、左之助の襟首を掴み、傾れ落ちるように左之助を床へと殴り倒した。そしてその上に圧し掛かるように転げ落ち、身の上から左之助を怒鳴り飛ばす。]
お前っ この…馬鹿野郎っ お前の、お前の願いは、どうしやがった…ッ
[全く予想外の鉄拳をまともに浴び、危うく楊枝が口から飛びそうになった。]
な、なにしやがる!!
[と、怒鳴った所でツカサの言葉に気づく。]
俺の願いねぇ……よいしょっと。
[身を起こし、ツカサを立たせると左之助は手近な長椅子に腰を下ろした。]
そいつぁ、次だな!
[腰を下ろすなりキッパリとそう言う。]
俺はお前と違って英霊様のご身分だぜ?
だから、まだまだ機会はあるのよ。
だから次の聖杯で願いをかなえてやるさ。
大体おめぇが悪いんだ!
[左之助はびっと梧桐を指差した。]
お前が人間なのに英霊を守るとか、わけわかんねぇことしやがるから、俺はお前かついで教会まで走る羽目になるわ、消えそうになって蒲生と組む羽目になるわで、こちとら散々だったんだ!
蒲生だぞ、蒲生!
会話なんかねぇっつうの!!
[そこまで言った後に一息つき、ふうと溜息をつく。]
[ む、と言葉を詰まらせる。咄嗟に動いていたとはいえ、やっていい行動ではない。下を向き、沈黙する。]
………。
[ 次だ、と。左之助は言った。あっさりと言うが、そんなに簡単な話でないのはツカサにも判る。]
………よかったのか、本当に。
[ 長い沈黙の末、それだけ、口にした。]
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