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「…………別にええでしょ」
スパルタクスはクリクススの顔をまともに見ようとしなかった。
素っ気の無い返事は嫌悪の表れではない。
クリクススは自分よりも長くこの場所にいる。
なのにどうして気持ちが分からないのか――放っておいてくれないのかという憤慨と。
ここが持ち場ではないはずの彼が、堂々と自分に蹴りを入れた疑念。彼の四肢にも拘束の烙印はあるのに、繋ぐ鎖はさっぱり見当たらなかった。
「良くはない。誰でもびっくりするし心配もする。昨日のメシの時はあんだけがっついてた奴が急に、なんだから余計に」
「がっついてません」
視線は合わさない。ただ反論した即座の声には、拗ねたような響きが僅かに混じっていた。
見届けたクリクススはケラケラと笑う。
周りの奴隷も何事かとクリクススに訊ねた。しかしクリクススは物凄く失礼で適当な、それでいいのかと言いたくなる説明をした。……だがみんなはそれで納得してしまったらしい。
感嘆と呆れの両方の意味で溜息をつく。
ほんの僅かの心の隙間。疲弊して軋んだ精神の傷。
――クリクススは隙間を縫うように、言葉をねじ込んだ。
初めは、同じ奴隷の仲間としてだろうかと思った。
だがスパルタクスは即座に思い出す。
クリクススは自分よりも長くここにいる。つまりそれは、既に「試合」も組まれているし、握った刃に仲間の血を跳ねさせたのだろうことも意味していた。
一度ではなく、何度も彼は殺した。
だから、殺す時には区別なく、自分が生き残るために「勇敢に」殺してみせるのだと容易に推察出来た。
次に腕が未熟であることを指摘されているのか、と思った。
自分よりも経験も実力もない新入りに殺されたくは無い――スパルタクスにはまだ分からなかったが、戦士としての誇りでもあるのだろうかと。
だが、クリクススはそれも違うと首を振った。
「分からないか。そんな申し訳なさそうな顔で殺されたくないと、俺は言ってるんだ」
言葉の意味がわからなかった。
急所を裂かれればどんな矮小な人間でも、屈強な人間でも違いなく死ぬ。剣闘士としてまだ戦ってはいなくとも、スパルタクスは戦場を知っていた。
だから反論の言葉はすぐに出るはずだった。
「でも、」
そこから先の言葉が喉に引っかかって出てこない。
スパルタクスが戦場を知っているように、クリクススもまた、剣闘士としての殺し合いを知っている。
殺し合いだけではなく、磔にされた仲間も、猛獣に潰された仲間も知っているのだろう。
――それにかけられる歓声のおぞましさも。
その上で、彼は言ったのだ。
沈んだ表情のまま命を奪うなと。
――一人を殺せば。自分も一人死んで行く気がした。
スパルタクスは理解することが出来なかった。万感を汲み取ることも出来なかった。ただ俯いたまま彼の話を聞いた。
「……いや、今すぐに分かれとは言わないがな。相手も後悔するし、何よりきっとお前が後悔する」
何か、とても大切なことを。
どんな表情で告げていたのか、スパルタクスは知らない。
その言葉の意味が分かるのは、ずっと後の話。
剣闘士として初めて舞台に立ち、初めて――殺した日の話。
――結局、スパルタクスは彼のように笑えはしなかった。
血に塗れた剣。掌。
石畳に転がるかつての仲間。
浴びせられる歓声と――たった一つの残酷な指令。
曰く、「無様な戦いを見せた戦士の首を刎ねよ」。
親指を下に向け、彼らはそう命令する。
沈んだ表情のまま、刃こぼれした切っ先のまま。
冷たくなり始めた奴隷の首を、スパルタクスは刎ねた。
一度では上手く刎ねられなかったから、何度も振り下ろさなければならなかった。肉が潰れ、血が噴き出て、骨が砕けて猶、首は繋がっている。
スパルタクスが首を刎ねるまで、死した体の悲鳴は続いた。
自身を刻む過程(ぎしき)は続いた。
降り終えた血雨の代わりに、歓声が落ちる。
――確かに。あなたの言うことは正しかった。
これが――悪魔の宴というやつか。
一人佇むスパルタクスは、切っ先から滴る赤を見つめた。
――時間は進む。
それは脱走を計画する少し前の話。
ちょっとだけ不思議な話。
スパルタクスが、生涯で味わった数少ない幸福の時間。
「おい、ばかタクス」
いつものように軽薄に、やっぱり何故か枷を嵌めていないクリクススが話しかけてきた。
いつの間にか失礼なあだ名までつけられてしまっていた。だが、反論しても無駄だと知っている。なのでせめて、不満げに話の続きを促すことくらいしか出来なかった。
「なにさ」
「お前さ、――あー……」
らしくない、とスパルタクスは思った。
あの傍若無人、軽妙酒脱、口八丁のクリクススが言い澱んでいる。余程悪い報せなのか――真剣に悩んでいない様子からはそうとも取れない。
埒があかないので、その辺りの石っぽいものを拾ってクリクススへ投げつけた。悲鳴を上げながらも我に返ったらしいクリクススは、またスパルタクスの顔を見つめた。
刹那のたじろい。
その隙間がまたいけなかったようだ。
意を決したクリクススは、口を開いた。
「…………」
「………………」
曰く。
クリクススは捕虜になる前は魔術師で、スパルタクスにはその素養があるとか無いとかで、ちょっと回路を作って開けばどうとかこうとか言われたのだが、スパルタクスはちっとも理解など出来なかった。
ただ彼は酷く真剣だったので、正気を疑うことも出来なかった。
症状が――もとい、話が進行するとクリクススは詳細な説明を始めた。身振り手振りつきで、普段なら剣闘以外では見せないようなとんでもない動きで説明した。翻弄したいのか威嚇したいのか説明したいのか分からなかった。
しかし、スパルタクスは理解することは出来なかった。
ただそれは戦いに使っているのかと聞くと、クリクススは「相手は魔術を使えないだろうからやらない。そもそも魔術は秘匿されるべきものだし、魔術師としてみだりに戦場で使うことも出来ない。内部から爆破とか出来たら愉快だろうが俺はやらない」などと更に意味不明な答を返した。
よく分からないが、彼には彼なりの美学があるのだろう。
ただこっそり使っていないとは言わない辺り、彼の性格が滲み出ているような気がした。きっとこの男なら使っているだろう。スパルタクスは勝手にそう結論付けた。
一通りのパフォーマンスを終えたクリクススはすっくと立ち上がり、辺りを見回した。そしてうす暗闇の向こうに獲物を見つけたようだ。
スパルタクスはすぐにそれが誰かは分からなかった。
目を凝らしても難しかったので、仕方なく身を引っ込めると、上の方から視線を感じた。見ればクリクススは笑顔だった。
スパルタクスは悩んだ。ここは彼の笑顔に合わせるべきだろうか――だが器用さに恵まれなかったスパルタクスは引きつった笑いしか返せなかった。
そしてクリクススは衝撃の宣言をする。
「見ていろ。今から魔術を見せてやる」
――あなた。
さっき秘匿すべきものとか言ってませんでしたか。
突っ込みたい気持ちを抑えて頷く。
するとクリクススは謎の呪文を唱え始めた。目までつぶっている。きっと彼の中にはキチンと設定が決まっているのだ。今は邪魔をしてはいけない。スパルタクスは三角座りしたままクリクススを眺め続けた。
そして――。
遠くで、一際野太い悲鳴が聞こえた。
枷を繋いでいるのであろう柱の一つがぐわんぐわん揺れる。
――それもそのはず。悲鳴を上げた男は巨漢。
スパルタクスは奴隷達の中でも背は低く、クリクススは平均並の痩躯だ。対して悲鳴を上げた巨漢は、恐らく剣闘士養成所の中でも一、二を争う巨漢だろう。
彼には鎖など申し訳程度しかない。
暴れれば繋いでいる柱の方が大変なことになる。
そんな彼に何が起こったのだろうか?
クリクススの影から顔を出して、スパルタクスは見た。
「はっ、はなが! クソ! クリクススさん! またあなたでしょう! ああああ! 痛い! はながもげる!」
オエノマウスが鼻を抑えて転げまわっていた。
スパルタクスはその滑稽さよりも、クリクススへの恐怖でいっぱいになった。彼を怒らせてはいけない――スパルタクスはその日以来、そう訓戒した。
――翌日。
オエノマウスは鼻の怪我により剣闘士試合を免れたそうな。
…………。
[ししゃもをかじっている。
ひたすらししゃもをかじっている。
ししゃもをかじりにかじっている。]
勢いというのは恐ろしい。
このままししゃもをかじり続けても何ら支障はあるまい。
[眠っている瀬良悠乎を一度見た。
色々と反省しながら隅っこへ移動**。]
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