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[朝、いやもう昼だった。携帯が告げる軽やかな着信音に覚醒を促せられる。反射的に手だけが布団から出て、枕元を探った]
美優――?
[手に触れた金属のひんやりとした感触に、掴み取ると目の前に持ってきて開く。考えるまでもない、いつもの娘からのメール]
『おともだちと、なかなおりはできた?』
[そう書いてある。思わず表情が崩れる。「ばっちりです」そう返信してから携帯の時刻表示を確かめて、そろそろ起きるかと布団の中で全身を突っ張らせて伸びをした]
――あれ――?
[何かが、引っかかった。起き抜けの動かない頭で、何が違和感なのかとしばし考え――]
あの建物の中に閉じ込められているわけではないのですから、外に出ればメールでも電話でも可能ではありませんか。
[言って、思わず噴き出す。こんな分かりきった嘘を言ってもしょうがない。きっと近藤は本気で悩んでいたのだろう。連絡が取れないと思い悩んでいたであろう姿が脳裏に浮かび、じわりと愛しさがこみ上げる]
[身支度を整えて「出社」する。日曜だから出る必要はないのだが――やはり、だだっ広い部屋には自分の姿しかない。他の面々はともかく、亜久は昨日の様子から見て今頃は府中だろうか?]
福岡支社での混乱具合が嘘のようですね。
[呟きながら、ノートパソコンを回線に繋ぎ立ち上げる。メールの着信があった。会長秘書の「雄尽」からだった。急いで中を確かめる]
『会長は現在、会社対抗ゴルフ大会でブービー賞を取ってしまい、仕事の話ができる状態ではありません。資料を送っていただけましたら、様子を見て話題を振るようにいたします』
[会長の扱いには苦慮しているのだろう。この人も苦労人らしい――そう思いながら、powerpointで作成したプレゼンレポートをpdfに変換し、添付して送信する。どうかよろしくお願いしますと、言葉を添えて。
返事は早かった。内容を見て、緊急事態だと判断してくれたらしい。しかし「ご機嫌伺い」の手順を踏む必要があるため焦らずに今しばらく待って欲しい、そう但し書きが付いて]
それでも、一歩前進ですね。
[ここまできたら、腹を括ってどっしりと構えているしかない。何もかもがうまくいきますようにと、祈るように*目を瞑った*]
――本社屋内・システム部――
「つーかお前、特別事業部戻らんでいいのかよ」
[目の前で呆れたように息を吐かれ、...は漸く顔を上げた]
俺は営業じゃない。営業の人間ばかりが集まる部に
システムの人間が所属するのは間違いだろう。
「まぁ…まともな仕事がないっつー話は聞いてっけどよ。
一応あそこの所属ってことになってんだろ?
顔くらい出してきたらどうなんだ?」
……出せる顔があればな。
[それっきりで再び顔を画面に向ける...に、
金鳥は再び息を吐き出した。
「この莫迦が」と呟いたのは届きもしない]
「んでー?お前どうすんだよ、これから」
何が?
「今回の福岡支社からの栄転、部長さんらしいぜ。
話によりゃ自分からこっちに来たらしい。
発表会の件もあるし、大方栄転取り消しの申請だろ」
ああ…その件か。一応は戻るつもりだ。
システムホールの修復とセキュリティ増強の必要があるからな。
[かたかたと響き続けるキーの音。
あちらこちらから響き合い交じり合って溶け合う]
「…で、その後はどうするつもりなんだ?
『出せる顔がない』って言うくらいだ、
どうせ何かいらんこと考えてんだろ、お前」
[かた、と。キーを叩く手が止まる。
響く音は絶え間なく他の人の手元から上がっているが]
…システムハックの件の責任は大きい。
俺から何かせずとも処分は上から下されるだろう。
もしも何もなければ、転属願いなり辞表なり提出する。
「ばーーーーーーーーーーーーっかじゃねぇのかお前」
莫迦は自覚してる。放っておいてくれ。
「それが莫迦だっつってんだよ。
もーいいわ。勝手にしろ」
…言われずとも。
[ぱたん。
ノートパソコンを閉じる音は酷く静かに響く。
歩き出す音も、扉を閉じる音も、*キーの音に呑まれて*]
[...はワーキングルームで電話対応をし続ける紅練をみて挨拶をやめてすとんとデスクに座る。]
大変そうだな…でも…良く分かってる人じゃないと対応はむりだもんね…
――昨夜 会議室――
[悪戯と、甘えを含ませて頬に落とした唇に再度触れた感触は、自分から求めたものではなく那須から与えられたもので。一瞬何が起こったのかと、僅かに瞬きを繰り返してしまった。
しかし、戸惑いは一拍遅れて湧き上がって来た感情に目隠しされ。近藤はその甘い感触をしっかりと味わおうとしたが――]
『栄転騒ぎを白紙撤回していただくために、連絡を取って置きたい人が居るのです』
[そう言って身を離す那須に、少しだけ拗ねた様子を浮かべてしまったのは、求めていた先にお預けを食らったからか?それとも――]
解っていただけますよねって言われたら、反論できないじゃないですか…。
[大げさに不服を込めた溜息を吐き出すと、困った表情は宥めるように唇を重ねてきた。柔らかく啄ばむような軽いキス。
どうしてこうも可愛い反応をするのだろう。
つい先程、自分を蔑むようにおじさんと言っていた那須の言葉を思い出し、喉の奥で笑みを押し殺す。
恋は魔法だ。おじさんを愛らしく変え、歪んだ思いすら素直に変えてしまう。]
…そうですね。幾らカムフラージュとは言え、名目上は栄転取り消しの掛け合いの為にこちらに来た訳ですから、しっかり仕事をこなして頂かないと…。
[するりと解放された体で会議室のテーブルに寄りかかり、くすくすと笑みを零す。
ネクタイを正す那須の耳元が仄かに赤くなっているのに気付き、口許が緩む。
あぁ、本当にこの人は――]
可愛いね…。部長さん?
[呟いた言葉は那須には届かなかっただろう。
再び宛がわれた部屋へと戻っていく那須の後姿を見送って。近藤はそのままホテルへと帰っていった。]
――3階 ワーキングルーム――
…ただいま戻りました。
〔近場でのクレーム対応を終えて、オフィスへと戻る。
通り雨に降られたのか、濡れた上着を脱ぎながら自分の席へと。
やや時間を食ったなと時計を気にしつつ、現在の進行状況を確認――72%〕
…有難う、羅瀬くん。
繁忙期が終わったら、電話も一次対応をお願いするからな。
〔通り過ぎ様に、紅練を心配する様子の羅瀬に声をかけた〕
[次に出社したのは昼もいい位に過ぎた頃だった。
栄転になったものの特に仕事が無い現状、休日位ゆっくりと過ごしていても良いものだが、慣れない土地で時間を潰す行為はなかなか億劫なものでもある。
それならば――と、いつも通りに身支度を整え、出社する。
手にはなにやら紙袋を携えて――]
おはようございます…ってあれ?部長だけですか?いらっしゃるのは…。
[亜久は多分居ないだろう。いや、全力で居ない事は簡単に想像がついた。昨日の競馬新聞から今頃馬券の雨を降らせているかもしれない。しかし他の面々の姿が見えないのが気になる。が――]
ま、いいか。
お握り屋さんからおにぎり買って来ました。お腹がすいたらどうぞ?
[紙袋から中身を取り出し、自分もその中から一つ選んで頬張った。]
―ワーキングルーム―
[昨日は結局家に戻って―仮眠室が入るに入れない状態だったため―寝てきたので出社ついでに外回りを。感触としては16%ほどだろうか]
いまいちですね…。
[最近どうも調子が上がらないのは抱えている物が大き過ぎる故か―]
いっそ全て言ってしまった方が良いのでしょうか…。
[そうすれば楽になると自分でも分かっているのだが…]
…む、…今の雨で客の流れが変わってきたか。
〔担当分の予想外の伸びに、些か意外そうにする。
休日で売上目標が常より高く設定されていただけに
屋内でショッピングを楽しむ客が増える午後の降雨は、
思わぬ朗報となったようだ〕
お帰り、羽生くん…お疲れさまだな。
今日は、手に余る作業があるようなら
回してくれて構わんからな。
[扉が開く音に目を開ける。誰も来ないと思っていた室内に滑り込んでくる姿を認めて、微笑みを零す]
ああ、こんにちは近藤さん。
牧原さんは真面目な方ですし、恐らく本社のマシン室にいらっしゃるのではないでしょうか?福岡支社でも本社の方と連絡を取り合いながら作業をされていたようですし――私たちよりも馴染みの方が多いのではと思います。
[できれば一度顔を合わせて――と思ったものの、それで何を話すのかと自問自答する。近藤との一件は、牧原の中でどうなっているのだろう?]
秋芳さんの姿が見えないのは少し心配です。
[もしかして亜久支社長が無理矢理引っ張って出て行ったのではないかとちらりと思ったが]
その亜久支社長は、府中でしょう。
[もう、ほぼ決定事項といわんばかりに]
お握りですか、ありがたいです。今朝はビジネスホテルのモーニングを頼みました。昔は何とも思わなかったのですが、やはり自分で作ったほうが美味しいですね。そして一人の食事は味気ない。
[しゃけのお握りを取り出し、頬張る]
――栄転取り消しの申請は、どうやら持久戦になりそうです。
[声を掛けてくる2人に微笑んで]
いえ、そう言う訳にも…。
…………最近心配ばかりかけてすみません…でも、僕は大丈夫ですから。
[大丈夫と言いながらも無理してるのは明白で]
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