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>>190 リリアーヌ
「あぁ。そうだ。……その時計は、ちゃんと嬢ちゃんが持っててくれ。」
レーヴに抱きつく幼い少女の背を擦りながら、優しい声音でそう言って。
「キシシ、礼を言われる覚えはあるが、謝られる覚えだけはねぇぞ?」
と、冗談めかして言いながら。彼女が泣き止むその時まで、手を止めることはなかった。
──リリアーヌが泣き止んだ頃。
頬に残る涙の跡を、優しく指で拭いとって。
「よし。その時計を持つ資格をちゃんと認められた嬢ちゃんにだけ、俺の秘密を教えよう。」
そう言えば、自身の左腕に着いていた腕時計をそっと外す。
腰に下げたポーチから、ひとつの道具を取り出せば、それを使ってその腕時計の裏蓋を取り外した。
「実は、みんなに名乗ってるのは本名じゃなくてな。
ほら、ここ。文字が彫ってあるだろ?」
裏蓋の内側。そこには、『08/13 espoir-trust , rêve-trust』と丁寧な文字が彫られていた。
「俺の本当の名前は、レーヴ・トラストだ。その隣に書かれてるエスポワール・トラストってのは俺の兄貴の名前だけどな。」
そう言うと、苦笑する。
「ま、ファーストネームは本名だからあんまり意味はないんだが……嬢ちゃんにだけは、俺の本当の名前を知ってて欲しくてな。」
そして、裏蓋を閉めると、そっと、彼女の手にその時計を握らせて。優しく手のひらで包み込んだ。
「友達からの最後の願いだ。この時計の針を止めないでやってくれないか。
……無理にとは言わない。もし、明日も嬢ちゃんの時が止まっていなければ。ほんの少しだけでもいいんだ。1日だけでもいいんだ。
この時計の針を、前へと進めてやって欲しい。」
顔を合わせると喧嘩ばかりの兄から贈られた、唯一の腕時計。
その時を止めることだけは、どうしても出来なかった。
「…………頼む、リリアーヌ。」
真っ直ぐに彼女の瞳を見つめて。願った。
月日が流れても、王子と少女は互いを想いつづけていました。
そんな中。人間の国の国王は、豊かな妖精の国の侵略を考えていました。強欲な野望を持つ王は、かつてから隣国を狙っていたのです。
王子はその事実を知り、妖精の国の危機を知らせに魔女のもとへと向かいます。その頃には、森の妖精たちも王子を心から歓迎し、受け入れるようになっていました。
そして。ついにその時を迎え、人間たちが大群になって妖精の国に攻め入ろうとしました。
魔女はすぐに異変に気付き、兵士たちの前に降り立ちます。
彼女が一声叫べばたちまち地鳴りがし、大木がまるで動物のように動き出しました。猪にまたがる樹木の兵士の大群が現れました。そして、地面からはドラゴンが出現します。
魔女も自身の力を用いて全力で戦い、やがて隣国の兵たちを撃退することに成功しました。
王子は彼女やこの森が無事であったことに安堵します。
また、父王も怪我はあったものの、命に別状はありませんでした。どんなに非道な人間であっても、それが愛する王子の父であったから。魔女は彼への情で、命までは奪わなかったのです。
なす術もなく追い返された人間たち。その圧倒的な戦力差に、もう父が隣国に手出しすることはないだろうと、王子はどこかで楽観していました。
『オズワルド、でかしたぞ。まさかお前があの魔女と面識があったとは』
森からの帰り道。城の裏門からこっそりと部屋に戻ろうとした王子の前に、笑顔で父王が立ちはだかるまでは。
>>195シルヴィ
「私達の勝利の伝記に、それだけの記述じゃ味気ないでしょう?
きっと誰も、納得しないわ。相手にも理由があったのだと。自分達が受けた傷が深ければ深いほど、深い理由を求めるものよ。
憐憫?まさか。
確か、貴女の飼い竜に言ったと思うのだけど。この国が。貴女の何かしらの犠牲で成り立っているとしても。
その上で。これまでにこの国が重ねた時間は誇られるべきもので。
そこを過ごす、無数の民の時間も。善き時間であると。胸を張って言うと。
同情なんて。それこそ、この国の素晴らしい時の礎となったであろう貴女への、侮辱でしょう。
えぇ。とてもとても。
恋を知っている魔女。私はそれを知ることで。
貴女と、ただ憎しみをぶつけ合う以外の闘いが出来そうよ。
あら、それもそうね?失礼したわ。
では、"次の機会に"。
今度こそ、貴女にとって意義がある茶会にもてなしましょう」
──リリアーヌと別れたあと。
>>サラ
「よぉし、待たせたな、お嬢さん。
……んじゃ、はい、これ。」
明るい口調でそう言うと、腰に下げたポーチから木製の懐中時計を取り出して彼女へと手渡した。
そして、受け取ったサラの手を取り、力を込めたなら。真っ直ぐに、彼女の瞳を見つめて。
「……俺は、最期までお嬢さん達の選択を信じ続けるよ。
俺の時計が砕かれた事で、道が開けるのなら。それ程嬉しい事はねぇ。……まぁ、あの医者だけは気に食わねぇがな。」
そう苦笑すれば、手を離す。
そして、数歩後ろへと下がれば空を見上げた。
黒い煙に覆われたそこには、星空はなく。真っ黒な闇がレーヴ達を見下ろしていた。
「……この力を与えられた時から、ずっと覚悟はしてたんだ。いつかこうなる事はわかってた。
そもそも、最初に2人も偽物が出てきた時点で、俺はすぐにでもこの時計を砕かれる運命なんだなぁなんて思ってた程だ。」
キシシ、と冗談めかして言いながら。
ふと、柔らかい風がレーヴのピアスを揺らす。城から漏れる明かりに当たれば、金色のピアスがひとつ煌めいて。
空を見上げていた顔を下げ、サラを真剣な眼差しで見つめた。
「迷うな。自分の選択した答えを信じ続けろ。
誰が何と言おうと、誰がサラを責めようと、俺はその選択を間違いだなんて思わねぇ。
俺が二人も眷属を見つけたのは、サラと、その短針のおかげだ。
だから、俺はここまで信じてついてこれたんだ。」
そう言うと、その表情を崩して。ヘラりと笑えば。
「……大丈夫。お嬢さん達ならやれるさ。
この国をどうか、救ってくれ。」
>>+79 グレゴリオ
……よく回る口だな。
なに、時間は掛けているさ。その様子だと、夜明けはまだなんだろ?
/☼つつ、とまだ何もしていないグレゴリオの足を指先でなぞる。
いくらでも痛めつけられる。そう、”生きてさえすれば”。
強膜の中で潰れた硝子体を指で抉る。潰れている分、昨日より引っ張り出しやすいそれを引き抜きながら、奥底の視神経まで指を突っ込み、ゆっくりと引き抜く。
夢にも似た世界である分、ある種幻想的ともいえるその光景に気分をよくし、手の中に残る潰れかけのかつて目玉だったものに残念だと思う感情は、誰のものか。
『ーーー壊れた玩具を治す方法があればいいのに。』
愉楽に満ちた声が聞こえた。
それに答える事はせず、近くにあった毛布を彼の体に掛ける。☼/
瞳のない者がどう眠りにつくのか、与太話の1つでもして俺を楽しませるがいいさ。
あんたもまた明日、楽しみにしてろよ。
/☼与太、でまかせ。グレゴリオの事など信じていないといった口ぶりで隣で眠りにつく。
悪魔の魔女の眷属への激情が、身を焦がす痛みに耐え抜けばブレイクもまた眠りに落ちるのであった。☼/
**後で多方面から怒られそう……怖い……ライトなグロとは……ってずっと考えてるけど答えが出ないから明日から私以外の人がブレイクやってほしい
そうしたら平和では???
「…………貴方が、本物であれば良いのに。いいえ。偽物でも。その言葉は、真摯に受けとりましょう。
ありがとう。そう言ってくれる人がいたのなら。私は迷わず、時を前へと進めていける。
貴方が本物なら。私達の勝利まで、後一歩。
勝った気で見守っていて。信頼へと、当然に応えて見せるから」
微笑む。サラの。リリアーヌとの、空白の時間の架け橋だったのであろう友人へ。
「勿論よ。
……いつか、貴方が言っていた。
私が無くした時間も。きっと取り戻して見せるから」
考えてみれば分かることでした。王子は自分が出かけていることが気付かれないよう、侍女に城を空けている時のことを任せていました。幼い頃から自分のそばにいる彼女を、父よりも母よりも、王子はこの国で信頼していたのです。
しかし、王子の侍女であるということは、王の召使いでもあるのです。
ここのところ頻繁に外出をしていた王子を心配していたのか。それとも、隣国への侵攻に良い顔をしていないことに気付いていたのか。そもそも。いくら不出来な王子といえど、彼が王族の一人であることに変わりありません。
いつからそうであったかは分かりませんでしたが。王子はずっと、見張られていたのです。
王は言います。
よくぞ隣国の主を懐柔した。あれは真正面から立ち向かって敵う存在ではない。それは、此度の戦いで明白だ。お前は頭がいい。どんなに強力な魔女であっても、女であることに変わりない。
──チャンスをやろう、と。
有無を言わさぬ低い声で、父王は言いました。魔女が並み外れた力を持つのは、彼女が持つ《マザー・クロック》のおかげ。それをこの国に持ち帰ってくることができたら、国王の座とこの国の未来を託そうと。そう、宣言したのです。
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