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−−伝承の通りの稲荷様騒動が起きて、一通りの悪事も済ませてひと段落。
巻き添えの村人たちはポカンと口を開けて、今この1週間の出来事は何事だったのか、と誰かの正答を待ちわびている。尤も、その問いに答えられるものなど、誰一人とていないのだが。
初めに攫われた、というキクヒメも何の気なく、戻られた。
俺や皆を閉じ込めていた蔵はもう公然と岩戸が開き、眩い朝日も提灯の灯りも、全てが元の通りである。
「何……だったんだろう」
−−当事者の一人、カガチでさえもよく分かってはいない。
−−今でも狐に化かされているそんな不思議な感覚になりながら、カガチは思う。
……神主の力を継ぐものとして、この結末は良かったのだろうか。
人に乗り移りし狐の霊を追い払う力。これらを持ってして、過去の稲荷村は安寧を手に入れてきたのではなかったのか。
何一つ家の名を背負う働きもせずに一連の騒動を最早傍観者であるかのように見つめるカガチは、この違和感だけが拭えない。
平和である。
否、自力で勝ち取った平和などではない。
予め悪事でも何でもない、古くよりおわしますお稲荷様の悪戯にすぎなかった。
その程度の話で済まされるほど、この100年の節目というのは、軽いものなのか。
俺自身が、納得がいっていない。
−−ふっ、と、力が抜ける音がした。
どんな踊りであろうか。
家業とまで名を冠して仰々しい力を受け継いだと思えば、いざその段になれば自分はその力を一度とて村のために行使した試しはない。
どんなにも簡単に、悪事を働く狐が、
狼が、この村を乗っ取ってもおかしくはなかっただろう。
ところが蓋を開ければ、そんなことは御構い無しに、遊ぶだけ遊んではふらりと帰られたかの伝承の物の怪たち。
こんなことなら、俺が家より授かった力など、あろうがなかろうが構わないのではないか。
一気に、
力が抜けるのを感じる。
−−本当に、自分の言い続けていた通り、ただの言い伝えで、昔話で、現実にはありえない話だったのではないか。そうとさえ思ってしまう。
言うなれば、なんと称すべきか。
「杞憂……だったのかな」
岩戸から顔を出して一言、
眼前に広がる、例年と変わらぬ稲荷祭の賑わいを見て口をついた言葉。
今までの気苦労が、馬鹿みたいだった。
−−そしてそれはきっと、カガチだけではない。
>>甘利
「……ねぇ、甘利ねえさん。
もういいんだよ。
古い村の風習とか、家から伝えられたお役目とか、本当にどうでもいいんだよ。
見てみてよ。俺たちがずっと昔から、この時期に楽しんでいた稲荷祭だ。
全然、関係なかったんだ。
だから、いいんじゃないのかなぁ。そんな気に引っかかることなんかなくて。
俺は少なくとも、甘利ねえさんが帰ってきてくれたこと、嬉しかった。
この村のことも、俺のことも忘れて何処かへ行っちゃったんだって、ずっとそう思ってたから。
だから、
なんも気にしないで、このお祭りだけでも、楽しむのが、正解なんだと思ったんだ。
一緒に行こ、甘利ねー」
−−何もかも考えることのなくなったカガチは、
それまでの−−それこそ、村にいた時の甘利さえ存ずるところの、カガチそのものだった。
「……あ」
−−そういえば、と思い出したようにカガチは続ける。
「お花のお披露目会、どうなったのかな。
キクヒメさんが攫われたから取りやめになったって聞いたけど。
今の村の状況なら、何も問題なく、できそうなんだけどな」
−−家の縛りから解放されたカガチは、
それでも頭の隅に、自分らと同じくして家業に囚われている二人のことを思う。
−−彼らは、この騒動を後にして、どう歩いていくのだろう。
せやなぁ……
そも、気ぃ晴らそう思ってお祭りきたんもすっかり忘れとったわ……
お狐さんと遊べるんも、ここだけやろし。
アザミちゃんと遊べるんも、ここだけやろし。
>>甘利
「うん。
千代の花のお披露目もある。
朱と調の本番もそろそろだし、
リェンさん、まだ残ってるんでしょ?
アザミさんはもう、多分始めちゃってるけど……。
せめてお祭りの間だけは、楽しもう。
俺もまた、晩酌付き合うからさ」
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