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−廃屋−
[何かを求めるように揺れた指先は、微かにふわり、暗闇に軌跡を描く。
ずっと耳元に聞こえ続けた怖い言葉は、今は感じることはなかったがその代わりになんだか体が重く、胸の上がひどく重い]
……、ぁ……。
[ひくりと小さく、喉が揺れて、霧が晴れるように目が覚める]
[怨]
[怨]
[ォオオオォォオオオオオオ────ン]
[何故あなたは、]
[喰らい尽くし、]
[永劫にお側に]
[お慕いもうしております…]
[堅く冷たい面の下の、
胸のうち、灼熱の劫火、]
[──消え去らぬ、]
(嗚呼、おれはあなたを喰らい尽くしたい)
(もう何も要りませぬ、充分に戴きました)
[浄と穢][怒りと哀しみ][愛しさと憎しみ]
[それら全てが混沌と、渦を巻き]
[どれだけ主の編んだ理をはずれようとも、
主のもとへ往くことなど容易いのだ。
跳び、
五重塔のうえ
そこで主が何をしようとしていたかを知るのも容易いのだ。
静かな従者のように主のそばへ現れて、
刀を抜き、
焼かれようとも、遮られようとも
ただ何かに憑かれたように
ただ呪に突き動かされ
ただ狂おしく刃を振るった。]
[愛しているのか、憎んでいるのか
求めているのは、果たして若宮そのひとなのか、
恋うる想い、それ自体なのか、
分からなくなってゆく。]
─東寺・五重塔上─
[言霊のちからか、思いのちからか
果たして恨みをはたせども
屋根をしとどに濡らす主の骸が
このまま置いては何れ黄泉還りでもせぬものかと
肉を暴き、
骨を暴き、
筋を暴き、
血を暴き、
何れは彼の若君と愛し合ったのだろう
身体のすべてを暴いては散らす。
雨の如く降る。
それから、はるか泰山へ向けて
どうかこれを現に戻すことのないように、
戻ることあらば幾度でも滅ぼそうと唱えた。]
[それら全て、抱えて
あかき怨の海に浸り、
たまごのように、
未だ生まれぬ胎児のように、
まるくまるく、
──おとこはねむる。]
[このことを知れば若君はかなしむだろうか、
もし主の魂が何処ぞにあってはそれを知って
少しでも悔しがるだろうか、
怨み辛みに身を焦がしでもするかと、そればかりを思っていた。]
[そうしてすこし息をついた。]
………。
[掠れを帯びた声が名を紡ごうとして。
上手く紡げず。
いつも包まれていたあたたかい気配がないこと、ひしと感じて喉が小さく震えた]
[狐は突然、ぴくりと身を強張らせ、頭を上げました。]
…ぁ。
[見開いた目に映る光景は、この座敷の中のものではありませんでした。
胸に、腹に、背に、肩に。
鋭く熱い恨みの刃。
幾度も幾度も、
幾度も幾度も。]
[自分が身を横たえていた辺り、ふと見回してみれば少年は後ずさることも逃げることも出来なかった]
…これ、は…?!
[黒髪がうねる床の上、崩れかけた屋根、蜘蛛の巣、埃。
少年が暮らした邸とはあまりにも違いすぎる、場所]
[羅生門、
そのあかぐろきあなぐらのようなところに、
何時の間にやら居るのだった。]
──やれやれ。
おれは、死んだか。
[顔を顰める様子も声音も、常のもので]
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