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[空の澱み 墨色の雲が凝結し翳含んだ文となる]
[其は文]
[今一番の怨み主 そのものへと怨掻き立て力添えするもの か]
[血色に毒々しく染め上げられた文字は未だ明瞭でないものの その文が向かうは――鳶尾]
[藤の香に差し込まれるように ゆるり]
――羅生門――
[灰を、指に取って舐めた。
何も感じ取ることは出来ない。
しくしくと(雨の日に古傷が痛むという体験が鳶尾にあればそのようであったろう)体中が痛む。しくしくと、身を内から喰われている。怨みに。呪いに。
それは、識から奪ったものだろう。
また、己の身のうちから湧き出るものだろう。
幾日か前――たった一晩前のことだったかも知れない。そのとき此処で感じたような激昂も、激情も無い。きっと、身体に馴染んでしまったのだろう。だが、憎しと思う心が消えたわけでも無い。
嗚呼随分と変わったものだ、と実感する。
殺すと云った言の葉が、ゆらゆらと身を包むようだ。
漏れ漂う甘い香り。
言霊。
呪となる。]
─東寺・五重塔上─
[地上に歩く「ひと」という生き物は、空を望む高きところに在るようには作られてはいない。
空へ向かいて聳え立つ高殿を立てながら、身の丈の僅か数倍ほどの高さにあるその屋根の上を見てみようとは思わぬらしい。
そこからはみやこが遠くまで望める。
飛ぶ鳥の高さで、地上を眺めることが出来る。]
──廃屋(生母の屋敷)──
・・…母上。
あなたが亡くなってから、
父上はわたしとあなたを迎えにらしたのですよ。
と、夢枕に現れるあなたに、
こどものわたしは── 何度もお伝えしました ねえ。
[見えもせぬ呪い文は
誰の打ったものか。
文に綴られた名には覚えが無い。
己の言葉をまざまざと、瞼の裏に見せつけられるようだ。
それでも、怒り昂ぶる訳では無いのは、
嗚呼、やはり
私自身が最早怨みの塊だからか。
それとも、最早怨み憎むことが常態となっているのか。]
――何故なみだを流す。
[瞠目し、空を仰いだ。]
[全てが見える、だが遠い。触れられぬ。交われぬ。
──ひとと、飛ぶ鳥の高さより見るものの世界は異なるが故に。
思えばおとこの生もそのようなものではなかったか。]
[おとこはみやこを覆う怨念の水脈を選り分けて、その何処かにいる法師と──若宮を捜そうと、此処へ上った筈である、]
[が、]
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