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[迷い子のよに、伸ばされた腕にしがみついて、ただ泣いた。
声を殺して、ただ泣いた。
胸をよぎる不安は漸く収まり。
そのかわりに。
聞こえた声に、肩が小さく震える。
恐れは再びその瞳に宿り]
……あまねのきみ、さま…?
(違う。邸の者などどうでもいいのだ。おれはただ――)
[男を睨みつけたままその場に立ち]
(あの男が憎いだけ)
[それでも、若宮を浚って逃げるなどとは思わず]
[一度だけ斃れたままの白藤の骸へと目を向けて]
[大路を北へと*走り出した*]
ほう?
この方の正体に気付くとは、そなたは何者だ?
六条院に仕える者か。
[うっすらと口の端に浮かぶ笑みはあくまでやさしく、穏やかな口調だが、何処か底の底の方に冷たいものを含んでいるような]
―花山院邸・奥座敷―
[座敷は暗く閉め切られておりましたが、
経を連ねた帳の奥は、蒼き焔が灯っておりました。]
…あぁ、わたくしは。
[やつれて弱った細い声。]
情けに流され、怨みに流され、
…深い罪を犯してしまいました。
[ゆるゆる身を起こす、衣擦れの音。]
…人を知りて、心を知り、
乞いを知りて、怨みを知り、
…もはや、わたくしは…野辺のけものでは居られなくなってしまった。
[しがみ付きただ泣く宮をやわらかく抱き締め、此方を睨み付ける童(わらわ)に問うが、答えも無いまま童は踵を返して走り去らんとする。
と、若宮の声、]
あまねのきみ?
[スッと眉顰められる。]
─―花山院邸・奥座敷―─
[ふ、と
焔のもえる音にもかき消されんばかりに微かな声になり]
……心を知りては苦しかろう。
[それも一時のこと。声音はすぐに元のようになる。]
お前は今や、怨みの鬼か?
お前の怨みは、何処へぞゆく
[ふわり、はらり、ひらり、
揺れてはなびらは落ちる。]
……そうか。
[留まるたましいたちを照らしながらゆっくりと舞う。
橘の語りを聞き、いたみを堪えるように
眉を寄せ眼を伏せて]
――うらみ、か……。
仕方はないさ、生業は一緒だ。
……救おうとして、救えないことがあるのも。
櫻が咲くたび、巡るもんだよ、たましいも。
[礼、と謂われ 寂しそうな笑みにつられるように
常の薄笑みではない、憂い含みの笑みを浮かべた]
ちっとでもそう思ってもらえたんなら、よかったよ。
書生 ハーヴェイは、吟遊詩人 コーネリアス を投票先に選びました。
─花山院邸・奥座敷─
[その微かに聞こえた声に、狐は音もなく頷くのです。]
…怨みは……
どうしてよいのやら、わたくしにもわからぬのです。
彼の御方の、仇は果たしたはずなのに。
…胸苦しさは取れぬばかりか、ますます強くなるのです。
[袖引かれ、若宮を見る。
冷たい殺意が解け、仕方がないと言いたげな表情が浮かぶ。
代わりに小さく呪唱えれば、
駆け出した猫が童の跡を追い──
飛び上がると一枚の紙片となって、音もなく舞い、童の背に貼り付いた。]
殺しはしません。
が、居所は掴んでおきませぬと。
他の者に喋られては困りますので──
父の都合もあったろうしな。
誰に恨まれても不思議でなかったから。
すまなんだ、無理を言った。花は確かに見せてもらったよ。
…来世があったらまたお前には会えるか?
…よか、った。
[ほつり、声が零れる。
止まりかけていた涙は、再び溢れて頬を濡らす]
…ごめんなさい。
僕が…、僕が、いけないの、かな。
[胸に埋まって、詫びる声はとても小さく、布に阻まれくぐもって]
[走る。背に何か張り付いたような気がして、見るが、わからず]
(何か、したか。六条院邸のものに伝えるのは簡単だ。あそこまで行かなくとも、出歩けばまだみなが探している。
でも、伝える気はない)
[それでも、背の何かはいらぬ、と思い、先程離れた花山院の邸まで辿り着いた]
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