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[そろりと。
右の手を、安倍に伸ばしかける。
そのまま、彼に触れようとした指先が僅かに止まる。
視界のうちに識の動きを認め]
───駄目…!
[短く、けれど強く、音にする。
識を制そうと]
嗚呼、殺してしまいたいものです。
識らねばよかった。
わたしを唆(そそのか)したあれもにくい、
唆されたとあっても
最後に選んだは私
思うも私
我が身がにくく、
この期に及びて私の任を解いてはくださらぬ
あなたがにくい
―花山院屋敷・門前―
[ふわり、と羽毛が風に舞うように、
白磁のすがたは消えてしまう。
その姿を追った先に]
お。
[見たことがある顔が、あった。
何だったかな、と顎に指を添えて暫しの後]
桐弥?
唆された、か……
唆したのは、誰だ。
[背に刃があるのも構わず、鳶尾を制そうとする若宮を途中で抱き取る。]
式のおまえが自由なこころを持つように組んだはおれ、
さぞや恨めしかろう。
[式を見る、横顔は相変わらず鬼相の微笑。]
…何、私は一度助けて貰ったからねぇ…
兄さんの方が正しいかも知れません。
法師様の事が、よく…分からなくなってきています故。
[首を捻る様子に、困った様に笑って見せ。
憮然と見ている様には頬を掻きつ…]
…何。
法師様の車の上に居ました所を。見ただけで…
名前は知りませんがねぇ…何者かも。
[何処かへ消えてしまった織。
織とすら知らないのだが…視線を白藤に戻す]
…兄さんは、あの方が何者か、分かりますかねぇ?
[尋ねてみて。ふと。何か聞こえた様な気がして目を向ける]
桐弥…こんな所で奇遇、だねぇ。
[ようやく頭の隅から名前を引っ張り出して。名を呼ばれるとようやく笑み]
白藤、さん。
そっか、昨日も見たんだ。確か大殿のお邸で。
[口にしてからしまった、と思ったが、慌てるそぶりはなく]
京に来てたんですね。
[駆け寄って見上げる]
[傍にいた汐にも気づき、気づいて礼をする]
昨日はありがとう。まだ布は巻いてるけど、もう、あんまり必要はなくなった、かな。
[自分の手を見る。巻いていた布は既に綻んでいて]
[鳶尾の紡いだ、帝の一文字に微かに表情は揺れて。
かといって、安倍に抱き取られたならその言葉問うことも、彼の腕を解くことも出来ない。
ただ、感情の揺らぐ瞳で鳶尾を見る。
先ほどまでの静けさが嘘に思えるほど、揺れて、揺れて]
あなたへ教うることなどありませぬ。
然う、
こころを与えるもあなたであれば
こころを乱すのもあなたにあります。
あれの謂う通りに、闇へ繋いでおけばよかったのか
ただ遣えておればよかったのか
あなたは何を望まれたのです。
私は
人恋しきにつくられただけでしょうか
助けてもらった、か。
どっちも、どっちも、だねぇ……。
[項に手を、小さく息を吐く。]
やはり奇妙な縁だな、なんともはや。
あれは、識だ。屋敷で話したろう。形代の識だよ。
高名な陰陽師に仕えていたんだろうが
今ははぐれてるようだ。
[陽の光が眩しいか、額の上に手を翳し]
おれも名前は知らないがね。
…おや。
兄さんも知り合いか。
[同じように名を呼んだ白藤に目を瞬かせ。
桐弥の言葉には頬を掻きつつ]
ん…傷が治れば良いだろう?
布を使わずに手に傷を負っても私は知らぬ。
[薬も勿体ない。と、口元だけで笑って見せ]
[ひらり、手を振る。]
……大殿の?
盗みにでも入ってたのか。
[わらう。あの姫君であるとは気づきもせずに]
あぁ、雇われてな。
お前も都にいたとはな。随分なときに来ちまったみたいだが……。
修道女 ステラは、牧童 トビー を投票先に選びました。
[二人の話す「識」が何者かもわからず、首を傾げて]
識? 法師様? 話は良く見えないけど。
ああ、そうだ。白藤さんなら何か知ってるかな。
橘の中将様が死んでしまったって話。襲われたって聴いたけど。
まだ、誰が襲ったのか判らないんだ?
…どっちもどっち、か。
[ふふ、と困った様に息を漏らし]
確かに人間とは思えなかった、が…
あれが、形代の織だってのかい?
そりゃあ…何とも、見た目麗しく作ったものだねぇ。
[式の話を聞けば、考えることが分からぬ、と。
白藤と同じように、項に手をやり]
はぐれ…?
…あの法師様は。車の上に乗っていても、何もせずにいたが…
彼方にも奇縁があるのか。ねぇ…
[少し考えていたが。
続く言葉には、そうか、と小さく]
鳶尾──
[嗤い含んだ声で、静かに囁いた。]
先におれは言うたな、
「おれとお前の繋がりは、呼び出した者と呼び出されたものであるとして、それだけとは思うてはいない」と。
お前はおれが使役する式ではあるが、さのみにあらず、ひとつの存在としてお前の意志を尊んでいたつもりだ──
[二人が同じように自分を知っていたことに驚いているのを見て]
おれからすれば、二人が知り合いだってのも驚きだけどね。
そうそう、大殿の邸は入ったはよかったんだけど、あんまりいいものがなくてさぁ。
すぐに出てきたから何も盗んでないよ。
[入ったのは、まだ大殿自身が生きているときであったが、そこまでは言わず]
傷はね、もう傷を治す必要も余りなくなったんだ。治ればそりゃいいんだろうけど、どうせまた傷になるし。
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