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[折りしも聞こえてきた鳶尾の声。
破られた夢想に苦虫を噛み潰し、]
帰ったか。
按配はどうだ。
[手にしていた巻子を脇に置いて、身を起こした。]
そなたも何ぞ感ずることあるか。
[鷹の頭をなでながら問う。鷹はしきりに外を指す。笛も何か訴えるよう音を出すから、表を見て参れと人をやる。下人は門にいる銀の男に用向き尋ねる。何やら笛をと言うるらしい。下人、それを主人に伝えると]
何…?銀の髪?ふむ…。ではこちらに通すがよい。
…解き放つ…ですか?
呪いの心得もありませんのに…できるのでしょうか…。
[少しだけ、声音は不安を滲ませる。
和歌の心得があっても、琴ができても人をのろうことはもちろん呪いを覚えようと思ったことは一度もない]
[あるじの声に短く答え、書物の隙間から覗くわずかの場所へ立ち現れる]
はい。
件の屋敷にて、白藤どのとすこし言葉を交わして参りました。
奇しくも、あるじと同じ事を申しておりました――
あの者、手を焼くと見えて、すぐになにかを行うことは無いようにも。
−六条邸−
[侍従を燻らせた中、ほつりと目が覚める。
いつのまにか転寝をしていたのか肩にいつの間にか衣がかけてある。
それをかすかに手繰るとゆるりひとつ。
息をついて頬についた痕を指先でなぞってみれば唇を彩るのは苦笑]
…困ったな、今の刻限が、わからない。
[しかし言葉の割に、それほど困った様子はない]
─回想─
[おとこはうっすらとやわらかい笑みを浮かべ、若宮の細く白い手を取る。
その掌に、目に見えぬ文字のようなものを書き付けるかのように指をさらさらと動かしていく。]
……これで。
季久さまのお声が私に伝わるようになります。
[屋敷の下人に連れられて、中へと通されました。
見たことも無い調度の数々に、思わず感嘆の息もこぼれます。]
…あなた様は、あのときの?
[現れた彼のあるじには、確かに見覚えがありました。]
[見せるのは相も変らぬ不機嫌そうな顔。]
ふん──
すぐに四辻のものを掘り返そうとせなんだは賢いとも言えるな。
精々ばら撒かれぬように、ぎりぎりまで持たせるであろうよ……あのおとこならば。
−回想−
[自分の手を取って、ひらに何やら指先で綴る動きがくすぐったいのか少しだけ表情が崩れて]
…本当に?影居様は…本当に、陰陽師なのですね。
すごいなぁ…。
[唇から自然と零れる、飾ることない本音が小さく感動の溜息と一緒になって零れる]
…琴や歌よりも、式を操ったり呪いを使えるほうが、きっと…もっとずっと、父上をお助けできるのに…。
[彼の指の軌跡を追いながらも、喜んだ表情が少しだけ沈んで]
[通された銀の青年。下人どもも何やら酷く訝しんで彼を見る。
外の鷹など威嚇の視線を離さずに。
しかし一度は見えている間柄、その青年が平伏してこちらを見るを]
ほう、その方はあの屋敷の…。何用でここまで参った?
下人の言では笛とか申して居ったがそなた何か所持しているのか?
[銀の髪は西日を照り返し赤毛にも見えよう。膝の唐猫なぜながら尊大に問う]
そのお手で、手紙に触れればお声が伝わり、手紙を天に向けて放り投げれば飛式となります。
ただくれぐれも、本当に伝えたいことがある場合に限ってお使い下さい。
一度使ってしまえば力が無くなります。
勿論、次にお会いした折に換えはお渡し致しますが……。
[常態からして機嫌の良いように見えることは無いために
平素と変わらぬようにも思えるが、あるじの貌つきが一体何を意味しているのかいまはどうも汲み取れずに、
心もち俯いて続けた]
おもいのほか、賢いおとこのようで御座います。
それと、笛を奏じるあやかしに出会いました。
件の屋敷へも居たものですが――中将どののものと思しき笛を、拾ったとか。
中将どのの屋敷へ向かったものと思いますが、なにやらよこしまな企みを持たぬとも限りますまい。
えぇ、笛を。
[取り出した漆塗りの竜笛を、恭しく捧げ持ち、差し出しました。]
笛の落とし主を探して、都まで降りてまいりました。
人に聞けば、橘の若様のものであろうと。
笛だと?
[思い当たることがあるのか、ふっと片眉を上げる。]
……確かに。また続々と現れてくれるものだ。
しかもあのおとこのところへとはな。
[一層腹立たしげな顔になった。]
…あ……そ、そうです、よね。
[うん、と小さく自分を納得させるように一つ頷いて呪いを頂いた手を小さく握って、もう片方の手で包み込んで胸に押し当てる。
ちらりと視線を上げて彼を見たが、その視線はすぐに僅かそらされる]
……本当に伝えたいことがある時…ですね。
………うん…大丈夫、です。
[ゆるりと視線を外へと向けると、あいまいではあるけれど時刻を察することは出来て。
今なお、雨は降っていたけれどそれ故に空気が澄み、香の香りを清かなものにしている気がした]
…随分、眠っていたのかな…。
[頬のあとにそろり触れて、上掛けの衣を丁寧にたたみ、再び手遊び程度に弦を爪弾いて]
おお、それは…
それをどこで手に入れた?誰より私のものと聞き及んだ?
[差し出された笛はいつぞやの行幸で紛失した片割れの笛。
あの後随分と人を探しにやったがついぞ見つからず、しかし家宝でもある為に諦める訳にもいかず]
とまれまずは礼を言おう。探していたのでな。
先程外で笛の音がしたがその方がそれを吹いていたのか?
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