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は…。今朝がた、某めの笛の音に乱れがございました。
昨今斯様なことはなく、ふと若宮様の琴の音が気がかりとなりまして。琴とは古来より清浄を旨といたします故、恐れ多くもはせ参じた次第にございます。
お心を乱すこと承知の上。どうかこの無礼ご容赦願いたく。
…そうでしたか。
[声の調子が少しだけ落ちる。
少しの間をおいて、口を開く]
先ほど…そう、中将殿のお越しになる幾分前ですが。
糸が、切れました。変えたばかりのものです。
…よほど、荒っぽい弾き方をしてしまったのかと思っていたのですが…。
[そこで言葉が止まってしまう]
随分前と申されますと…やはり明け方近くにございますか?
[やや訝しげな声となるか]
一度僧都に祈祷させるとよろしいやも知れませぬ。
宮様もお身を慎まれてお過ごしなさいますよう。
京は何かと噂立つ街にございます故。
[顰め面で注意促す風だがふと顔緩め]
またそろそろ桜の時期にございます。お花をご覧になる際にはまたお供つかまつります。宮様もどうぞお心安らかにお過ごしあれ。
その頃には祖父宮様にもどうぞまたお出まし頂きたく存じますな。
[ ―――――――――――――― ]
[遠く鳴る] [鐘の聲]
[蒼・銅銀の響き似た 重い音]
[ゆわく耀きざわめく鬼ゝは懼れなすように 消え]
[ぽかぁり] [山査子(さんざし)のような太陽が夜闇を追い払い]
[無我は、あけた平安京(たいらのみやこ)のいずこかより、羅城越えた伏見の方角へ茫とした作り物近しい湖(うみ)の目を*向けていた*]
…ええ、そう…ですね。
[訝しげな声に促されるように声はまた少し暗くなる]
…僧都ですか。若しくは、陰陽師に頼むとでもいたします。
……そういえば、この頃少し変わり者の陰陽師がいる、とか。
一度、会ってみたいものです。
[女房たちの噂話に垣間見た陰陽師の話を持ち出して少しだけ声に思案が混じる]
花、ですか。そうですね…そろそろ頃合でしょう。
ようよう日も長く、暖かくもなってきましたからね。
…そういえば、文を頂いたのでした。花を見せてくださる、と。
[文の主の名前を告げれば、其れは件の大殿]
陰陽師…若宮様がそうおっしゃるのならよろしいのでしょう。
[陰陽寮の者か?にしてもあまり好かぬものではあるが。日の沈む国、呪い事に興じて国を滅ぼしたという帝も知らぬではない]
あの大殿からお招きの文。あの大殿…でございますか?
あちらの北の方はまだ病でふせっておいでの筈。御本復見られたのでしょうか?
[宿直終わり、直に出てしまったからか、あの屋敷での出来事をまだ知ることはなく。屋敷出ればすぐに聞き及ぶことになろうけど]
父、左大臣もぜひ桜の宴にお招きしたいと申しております。
機会があれば我が家の樂等もお聞かせできましょう程に。
久方ぶりに宮様の琴も拝聴したく存じます。
もっとも、独りでは決められません。
お祖父様にも、相談してみようかと。
[微かに几帳に、肩を竦めた影が映る]
…はい、先日。
文には特に書き記したこともありませんでしたので、病も癒えたのではないでしょうか。
[文が既に祖父の手元届いていることも知らず、少し首を傾げる]
大臣のお心遣い、嬉しく思います。
近いうちにお伺いさせていただきましょう。
その折には、是非中将殿の笛もお聞かせください。
[音楽を愛する心が、自然と声を弾ませる]
[病も癒えぬ北の方をほって宴とは。何を考えてのことかは知らないがどうもあちらはいけ好かぬ]
某の笛がお耳を汚すのは恐縮至極にございますが宮様の琴を拝聴できるならいくらでも。
[そういえば自分愛用の二本の笛。一本をいつかの行幸で紛失してしまったのだが]
では某は此度これにて。宮様がお健やかでいらっしゃれば幸い。
また何かの折にお伺いしとうございます。祖父宮様にもどうぞよろしくお伝え下さい。
[深々と礼をし、また二三言言葉を交わしてその場を辞する]
[むごたらしいさまの死人が出たとか。
そのやしきへ、いまは女官はひとりもいない──
都を貫く大路をゆくものたちの口の端を渡る噂は
興味と、恐怖とを帯びていた。]
やはり、女性のほうが喰らい甲斐のあるものだろうか。
8人目、書生 ハーヴェイ がやってきました。
書生 ハーヴェイは、人狼 を希望しました。
[春は、あけぼの──
白みゆく都の空の未だ濃き藍残るに仄白く、浮かび上がるは庭に生いたる山桜。
はらはらと静心なく、真白なる花弁の散り敷く様は、雪と見まごうばかり。
さても不思議な館ではあった。
板敷の床の上には。
彼方には幾巻もの巻物が紐解かれてごろごろと転がり、
此方には珍らかな経を記した折本が無造作に半分ほど広げて置かれ、
という具合に、書の類がやたらと散乱している。
更には、驚いたことに紙縒りの栞が大量に挟まった本──二つ折りにした料紙を綴り合せた冊子本が世に広く認められるのはもっと後代である──が幾つもの小山を成していた。
その真ん中に、これらの書の所有者でもある館の主が、うっそりと横たわっている。]
耳を汚すなんて…その様に仰らないでください。
中将殿の音はとても美しいのですから。
[困ったような音が声に混じる。
続いた場を辞する言葉に影は頷く]
わざわざお疲れのところを、ありがとうございました。
お祖父様にも確かにお伝えいたします。
お気をつけて戻られませ。
[帰ってゆく足音が遠くなれば、今にも沈み行く月を少年の琥珀の瞳が捉え。
傷の少し残る指先は躊躇いを含んで琴の胴を少しだけ*撫ぜた*]
―庭―
[歩めば春から夏へ、秋から冬へ。
庭は移る。ほころぶ若芽や枝先に式が止まる。括る白。
まじない、ひとつ、ふたつ。
ひそり、声がする。
胡散臭そうに見られるも慣れたもの。
それが常である。]
春か、曲水の宴でも見たいものだがね。
[ぐるり、ひととおり何かのまじないを施した後、
改めて櫻の古木を見上げて目を細めた。
琴もいい。和歌もいい。
笛も似合うだろう。
あやかしも舞い踊る春。]
[それが、やおらに起き上がった。不機嫌そうな面持ちで、ばりばりと頭(つむり)を掻く。
年の頃は二十歳から四十の間。
肌の色艶から若くも見ゆるが、目の辺りに尋常でない気色もあり。年齢の定かでない容貌である。
そこそこに整った顔立ちではあるが、それよりも何よりも、眉間に刻まれた深い皺が、この男の気性を良く表しているように見える。]
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